第五章 8 もはや外道畜生。

 ドアの中は一般的な教室よりもやや広い、岩をけずって造られた空間だった。


 入ってすぐ左手前には、休憩用と思われるテーブルと椅子がある。


 右奥には作業用の机と椅子が三人分あり、左奥にはかなり大きめの頑丈そうなおりがあった。


 檻の中では窮屈きゅうくつそうに真っ赤な塊がうごめいており、それを白衣姿の若者三人が囲み眺めていた。


 彼らはわたし達に気付き、一瞬だけ振り返ったが、またすぐに赤い塊に向き戻った。


 ここも研究施設のようだが、狐魑魅こすだま渓谷内で見たあの打ち壊された施設に比べると、小さく簡易かんい的な場所だった。わたしのような素人目にも、設備は十分とは言い難い。


 もしかして、ここが第二研究室? だとしたら、あの案内プレート、ずいぶん大雑把おおざっぱだな。


 ナヒトはれ馴れしくわたしの肩を抱く。


 いちいち無駄に触れてこないでほしい。


 「ここからが本題です。我々は今からあなたの新奇器官エキゾチックオーガン摘出てきしゅつし、紅衣貌ウェンナックに与えます」

 

 もはや外道畜生げどうちくしょう

 

 ナヒトは奥にいる三人の白衣姿の若者を見遣みやり、続けた。


 「大丈夫です。彼らは科学者であり、優秀な外科医でもあります。あなたの神経細胞は一切傷付けないとお約束します」


 わたしはナヒトをにらみ付けた。いや、睨むというより、嫌悪感に満ちた眼差しを向けた、という方が正しいかもしれない。


 「二年前はまだそこまでの発想はありませんでしたが、新奇器官は未知で強大な力の根源とも呼べる器官です。どのような変異が起きるのか我々にも予測できませんが、少なくとも、今度は簡単にバラバラにはならないと思います」


 病気でもないのに、何の心の準備もなく、いきなり『今からあなたの臓器を摘出します』とか笑顔で言われて、誰が『はい、分かりました』とかこころよく応じるというのだ? しかも、怪物を作るという目的のために。


 「その前に……」


 わたしは肩からナヒトの腕を取っ払った。


 「人質の子供は?」


 こちらの本題は人質救出である。まずは無事を確認しなくては。


 いみじくも、ナヒトが個人的にわたしを気に入っているなら、無用な危害は加えてこないはず。色仕掛けとまでは行かなくても、この生来しょうらいの悩ましき美貌びぼうを利用するに限る。


 案の定、ナヒトはそれほど気を悪くしたふうもなく、気持ち悪い色目を向けてきた。


 ああ、もう嫌だ。虫酸むしずが走りそう。


 「そうでしたね。忘れておりました。もちろん無事ですよ。ご案内します」


 何が『忘れておりました』なんだ? 明らかにスっとぼけてる。


 研究室を出て、再び階段を上り始めた。


 もう、どれだけ階段を上り下りすればいいんだろう? 疲労の残る体にはこたえる。


 「あれは終戦間近のことです。私は当時七歳でした」


 ナヒトがまたいきなり語り出す。今度は何を話すのやら……?


 「ある晩、突然シラールスタン兵が我が家に押し入ってきました。父親は殺され、母親と姉は何人もの兵士に暴行を受けたげ句、やはり殺されました。幼く体の小さかった私だけが床下のせまい収納スペースにかくれることができて助かったのです。板のわずかな隙間すきまから自分の家族に起きた惨劇さんげきを見ていた時の恐怖は今も忘れられません。その後、運良くある武装集団に拾われて、現在の私があります」


 まったくこの兄ちゃんは、訊いてもいないのに、一人で勝手に自分の生い立ちをペラペラとしゃべっている。別に興味もないけど。


 「私だけではありません。無残むざんに殺されたり、大切な人や物を失ったりと、不幸な目にった方々は大勢いたことでしょう。戦争は数えきれないほどの悲劇を生み出すのです。そんなおろかな行為を二度と繰り返さないよう、私が人類をみちびきます」


 いささかの臆面おくめんもなく断言しやがった。病名は思い上がり病。特効薬無し。


 「えらそうに……。御神体ごしんたいにまでなった立派な教祖様を差し置いて」


 もちろん、アポカリプスの教祖がご立派だなどとはつゆほども感じていないが、思い上がり野郎に好き放題発言を許しておくのもしゃくだ。こちらからも思い付く限りのダメ出しをしてやる。

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