第三章 3 きっと気のせいだと思うが……。 

 「道案内はちゃんとできるんだろうな? 途中で迷ったりしたら本当に遭難そうなんするぞ」

 

 軍曹からさらに突っ込んだ質問。

 

 「その点の下調べも万全です」

 

 「ねえ軍曹?」

 

 根掘り葉掘りく軍曹に、局長からいましめるような声が掛かる。

 

 「まさか、紗希を行かせることに賛成なの?」

 

 「無理な条件でなければな。紗希の今の体力なら、一キロや二キロの雪道は歩けるはずだ」

 

 軍曹は自信たっぷりに答える。

 

 自分では分からないけど、日頃しごいてくれている軍曹が判断するなら間違いないのかな。ベルウッドさんのリアル鬼ごっこでも持久力じきゅうりょくとかきたえられたのかもしれないし。

 

 まあ、局長にとっては可能か不可能かより、後々のことも考え、この作戦に協力させられること自体をいさぎよしとしないのだろう。

 

 「紗希にとっても学べることは多いだろ。俺は賛成だ。研修けんしゅうのつもりで行かせたらどうだ? 保安局がわがそれで良ければな」

 

 「研修……ねぇ……」

 

 局長はまだしぶりあぐねている。

 

 「我々としては異議いぎはありません。こちらのスタッフがいてくださるだけで、隊の士気しきも高まるでしょうし」

 

 「万が一紗希が行き倒れたら、俺がかついで帰って来てやる」

 

 『ゑっ?』

 

 この場にいる全員が声を上げ、今度は軍曹に注目した。

 

 「それって、軍曹も行くつもり?」

 

 代表して局長がたずねる。

 

 「当然だ。一応、俺は紗希の指導係なんだ。それに、俺達は二人以上での行動が原則げんそくだろ。ここは部下の育成いくせいのためってことで許可してくれないか?」

 

 「……あ、あのぉ~……」

 

 と、伊太池いたいけさん。

 

 「我々としては一名で事足ことたりますし、二名もお借りするのは申し訳ないのですが……」

 

 局長の返事を待たずの発言は如何いかがなものだろう? もう伊太池さんの中ではアンブローズのスタッフが来るのは決定しており、あとは何名借りられるかの問題になっている。

 

 「伊太池さん、トータルで何日掛かります?」


 局長からさらなる質問。

 

 「移動時間も含めますと、何もとどこおりなく事が運べば三日、手間取っても四、五日といったところです。あの……本当に一名で十分なんです。二名もいていただくなんて勿体もったいないです」

 

 ここから汽車で一時間強の胡楠うなん町でさえ辺境へんきょうに思えたのに、さらに遠い糖ヶ原とうがはら村となると、わたしにとっては秘境ひきょう同然である。

 

 「分かりました。研修という形でよろしければ、うちの鞍馬くらまを行かせます」

 

 「ありがとうございます。神楽坂局長」

 

 「ただし、将方まつかたも同行させます。相手は小規模集団ですが、不測ふそくの事態にそなえて、経験の浅い鞍馬には指導係が必要です。お宅としてもその方が安心でしょう」

 

 「そう……ですね。二名……。ありがとうございます」


 伊太池さんはためらいつつも改めて礼を述べた。

 

 この人、なんで人数にこだわるのだろう? 局長も軍曹もわたし本人も承諾しょうだくしているのだから、そこまで恐縮きょうしゅくすることもないと思うが。

 

 「伊太池さん、そんなに気をつかわないでくれ。二人抜けても、こっちには優秀なスタッフがもう二人残っている。四日や五日、どうってことない」


 軍曹はベルウッドさんとノエル先輩をあごでしゃくり示す。

 

 「は、はい。どうもすみません。ええと……では、出発は三日後の早朝とさせていただきます。詳細は改めてお知らせいたしますので、よろしくお願い致します」

 

 伊太池さんは始終しじゅう腰が低かった。

 

 ―――はて?

 

 言及げんきゅうするまでもないと思っていたのだが、先程からほんの少し気になっていることがある。

 

 っすらとだが、伊太池さんから練識功アストラルフォースを感じるのだ。わたし達ほど強くはないものの、本当にきわめて微弱びじゃくなレベルの練識功を。

 

 あまりにもかすか過ぎるので、きっと気のせいだと思うが……。

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