第四章 18 それでも、しかしながら、他に選択の余地がないのも事実。

 全部で三体、四体……五体いる。

 

 いずれも大きさは平均的な大人と同じぐらいなのだが、毎度のことながら、その姿形がやはりへんてこ。

 

 全体的には人間なのに頭が肩にもう一つあったり、なぜか手足の数が一、二本多かったり、あとは大トカゲに人間の手足が七本も付いている不自然な個体等々。

 

 肢体の整った紅衣貌ウェンナックは少ないが、ここまで左右非対称を徹底したものも稀有けうである。

 

 ケージの扉は開いたままで、紅衣貌達はわたし達の姿を認めるなり、エレベーターが完全に止まるのを待たずに飛び降りてきた。


 この紅衣貌達、エレベーターの使い方が分かるのかな。それとも適当にいじっていただけ?

 

 などと、くだらない詮索せんさくをしている場合ではなかった。

 

 この踊り場の広さでは、四人が全員で剣を振るのは無理である。

 

 元来た通路から逃げるにも、そちらはもっと幅が狭い。

 

 でも、軽はずみにエレベーターに乗るのもためらわれる。案内板が正しければ行き先は研究室だが、着いた先の状況が全く読めないのだから。

 

 それでも、しかしながら、他に選択の余地がないのも事実。

 

 「早く乗って!」

 

 局長はわたし達を右側のエレベーターへ突き飛ばし様剣を抜く。

 

 さすが、判断も行動も速い!

 

 局長は鋭い息と同時に横ぎする。

 

 見事、一振りで大トカゲと双頭そうとう人間の胴体を薙ぎった。


 一太刀ひとたちで複数の敵をる技は、軍曹のあの竜巻剣法を彷彿ほうふつとさせる。

 

 局長はすぐ様身をひるがえし、こちらに向かってダッシュした。

 

 ……が、あと一歩のところで、追いせまってきた別の個体に左脚を抱え捕られた。

 

 ベルウッドさんが咄嗟とっさに身を乗り出し、局長の左腕を掴んで引っ張り込む。

 

 どうにか紅衣貌の腕から脱し、局長はいきおあまってベルウッドさんの上に素っ飛び込んだ。

 

 ノエル先輩が扉を閉め、同時にわたしは銀色のボタンを突っ張り押した。

 

 金網に紅衣貌達が怒涛どとうごとく激突した瞬間、エレベーターが軽いきしみ音を上げ、じれったいほどゆっくりと上がり出す。

 

 打ち寄せる紅衣貌達に破られることなく金網は持ちこたえてくれたが、ずいぶんと変形してしまった。あと少し遅かったら危なかったかもしれない。

 

 「局長、怪我はないか?」

 

 「ええ、お陰で助かったわ」

 

 「立てるか?」

 

 「あなたが腕と脚を退けてくれれば」

 

 「ああっ、失礼」

 

 ベルウッドさんは局長の腰に回していた腕と、ひざ辺りにからめていた脚を引っ込める。

 

 ……って、わざとだろ、この助平オヤジ。

 

 「必死だったもんで、つい……」

 

 ベルウッドさんはわたしに顔を向け、誤魔化ごまかし笑いを浮かべる。

 

 なんでわたしに言い訳してんだっつーの? 意味不明。

 

 いかなる時でも助平心を忘れない。いや、遊び心を忘れない、なら聞いたことがあるけど。


 まあ、それはさておき……


 「紗希が見た大蛇が見当たらないわね。実は軍曹の一撃で仕留めたとか?」


 セクハラから解放された局長は立ち上がり、わたしに問い掛けた。

 

 「それはないと思います。斬っても再生する紅衣貌でしたから。それに、わたし達が来た時は、さっきみたいな紅衣貌達はいませんでしたし……一体、どうなっているのか……?」

 

 そう言えば、先程局長に斬られた紅衣貌達は再生する気配もなく倒れていた。あの大蛇型は、軍曹に頭を叩き割られた直後から再生が始まっていたのに。

 

 「大蛇型がいなくなって、さっきの紅衣貌が現れた……?」

 

 局長はつぶやき、何かひらめきかけたように視線を上へ向けたが、すぐに首を左右に振った。

 

 「まさかね……何でもない」

 

 気になるなぁ。でもきっと、局長の中では確証がなく、莫迦げてさえいる仮説なのだろう。

 

 そんなやりとりをするうちに、エレベーターが止まった。

 

 うわ~、否応なく来てしまった。あの左右非対称紅衣貌達が現れなければ、まだエレベーターに乗ろうかどうか迷っていたことだろうに。

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