第四章 14 そもそも歓迎したくない。

 あんじょう、そこに立っていたのはナヒト。


 「おや、皆さんおそろいでしたか。……あ、軍曹殿がおられませんね。どうされました?」


 ナヒトは大袈裟おおげさに両手を上げて驚いたように見せた。


 白々しらじらしい物言いがムカつく。


 「軍曹は風呂だ」


 ベルウッドさんから即興そっきょうの嘘。どうせ通じないって。


 軍曹とわたしが重傷だった姿も、それに局長がわたしだけを治していた様子もナヒトは見ている。


 それを踏まえて、この食事の場にわたしがいるのに軍曹がいないという状況を確認すれば、少なくとも軍曹が動けない状態にあることは察しが付くだろう。


 そもそも、村でただ一件のこの診療所に来たのも、そういったことを想定していたためなのかもしれない。


 「こんな時間に来るなんて非常識ね」


 詰め寄る局長。


 時間帯以前に、そもそも歓迎したくない。明けても暮れても。


 「お待ちください、神楽坂局長」


 ナヒトは両手を上げたまま、薄笑いを浮かべる。


 「ご相談に参りました。聞いていただきたい」


 「内容によっては、即却下」


 局長は進み出て剣を振り、ナヒトの喉元で切っ先を寸止めした。


 ナヒトの顔から薄笑いは消えない。ただの脅しだと分かっているのだ。わたし達アンブローズは、原則として人は手に掛けないのだから。


 「まずはお悔やみを申し上げます。軍曹殿のこと、ご愁傷しゅうしょう様です」


 やっぱりバレてた。いや、もしくは、半分かまをかけているのだろうか?


 「律儀りちぎで感心だこと。手ぶらでのこのこ現れたのは気に入らないけど」


 局長は嫌味たっぷりに言い返す。


 手土産の有無以前に、そもそも歓迎したくない。しつこいようだが。


 「その点はご容赦ようしゃ願います。あいにく持ち合わせがないもので……」


 嫌味に冗談で返すところは掛け値なしに律儀である。


 「では本題に入らせていただきます。軍曹殿のご遺体をこちらに引き渡していただけませんか?」


 ナヒトの平然とした物言いに、局長も、ベルウッドさんも、ノエル先輩も言葉を失った。


 不感にも、わたしは存外ぞんがい冷静だった。ナヒトの、いや、彼らの目的を大々的に直接聞いていたので、今さら驚きもしなかったのだ。

 

 あの紅衣貌ウェンナックささげるため。そして、捧げるのは死体でも問題ないと言っていたのだから。


 練識功アストラルフォースの保持者を喰わせることにここまでこだわるとなると、もしかして、単なる儀式ぎしき目的ではないのかな?


 「お断りよ。はいどうぞ、とかこころよ承諾しょうだくするとでも思った?」


 すぐに平静に戻った局長が突っねた。


 「私もさすがにそこまで甘い考えではありませんよ」


 多勢たぜい無勢ぶぜいの状況でありながら、ナヒトは悠然ゆうぜんと述べる。


 「実は、今この村の近くで、私の仲間が二百人ほど待機たいきしておりましてね。そちらのスタッフの身柄を一人いただければ、おとなしく撤退てったいさせるつもりですが、いかがですか? 好都合にも、そちらには死亡したスタッフのご遺体がある。死亡者一体で村一つが助かるなら、こんなお得な取引はないでしょう?」


 腹立たしい言い草。


 それにしても卑怯ひきょうな奴である。このとうはら村全体を人質にするなんて。


 しかし、どうしたことか、局長はフンと鼻で笑って返した。


 「じゃあ、四人で手分けして片付けるまで。一人五十人ずつ」


 さすがに、わたし達は顔を強張こわばらせた。軍曹の遺体が欲しいというナヒトの要求など比ではないほどに狂気の沙汰さたである。


 局長は頭が狂ってしまったのだろうか? 一気に二百人もの敵に押し寄せられて、そこら中を破壊され放火されれば、村民の多くが犠牲ぎせいとなるかもしれないのに。しかも二百人って、今の季節ならこの村の人口より多い。


 「神楽坂局長、正気ですか? 死体一つと村一つ、どちらが大事か、よくお考えください」


 「そっちこそよく考えたら? 雑魚ざこ連中の二百人や三百人を皆殺しにすることぐらい、わたし達にとっては朝飯前なの。仲間を無駄死にさせたい?」


 局長は冷酷さすら帯びた笑みを浮かべた。


 さしものナヒトもポーカーフェイスをわずかにくずし、動揺を見せる。


 「……なるほど。お互い、大多数の犠牲者を出す行為はおろかしいですね。お渡しいただけないのなら諦めます」


 もっとしつこく喰い下がるのかと思いきや、ことのほかあっさり折れてくれたが、何か裏がありそうで不気味である。

 

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