第三章 7 あああ! 不貞行為!

 「しかし何て言うか……思うように行かなくてな。普通の企業なら十年もすれば少しは規模きぼも大きくなってあちこちに支社を作れるが、怪物相手のアンブローズは事情が違う。いくつか支局を置こうとして、局長は軍隊上りの猛者もさ連中を何人かやとったが、全員呆気あっけなく紅衣貌ウェンナックに殺されちまった」

 

 軍曹が悲愴ひそうな表情を見せる。それは口惜くちおしくも殺されてしまった者達をいたんでもいたのだろうが、激しい自責じせきの念にさいなまれた局長に対するあわれれみからでもあるのだろう。

 

 でも、そう考えると、やっぱり練識功アストラルフォースって正真正銘の超人的な能力なのだ。きびしい訓練を受けた軍隊をもしのぐ強さ。伊太池いたいけさんが大袈裟おおげさなほど感謝していたのもうなずける。

 

 「局長も先走った自分に相当責任を感じたんだろうな。しばらくはめしもほとんど食べられないほどだった。そんなこともあったから、たとえどんなに腕の立つ奴でも、練識功の保持者以外はやとわないって、あいつは心に決めたんだ。いまだに規模が小さいのは仕方がないんだ」

 

 そんな弁解べんかいがましく言わなくてもいいのに。むしろ、規模が小さいながらも、倭倶槌わぐつち国の多くの人達にアンブローズという組織が知れ渡ったのだから、少なからず努力はむくわれていると思う。

 

 ん? 今、さりなく局長を『あいつ』とか呼んだけど、もしや軍曹、局長にれているのだろうか?

 

 あああ! 不貞行為ふていこうい

 

 良からぬ妄想もうそうが、憶測おくそくが、わたしの脳内で交錯こうさくした。

 

 「す、すると、ノエル先輩が来るまでは、局長と軍曹はほとんど二人で活動してきたんですか?」

 

 「ま、そういうことだ。いろいろあったがなぁ……」

 

 いろいろって何? すごく気になるけど、知りたいような知りたくないような……。

 

 「えっと………?」


 わたしはどうたずねようかと考えあぐね、言葉に詰まった。


 口をすべらせてしまったことに気付いたのだろう。軍曹は誤魔化ごまかすように鼻で笑う。

 

 「ここだけの話、十年間、俺の片想いだ。歯牙しがにもかけられない。せつないもんだよ」

 

 どこまで冗談、どこまで本気なのかは分からない。


 きっと、伊太池いたいけさんとわたしの緊張をほぐすために思い出話をしてくれたのだろう。うっかり発言は、軍曹自身でさえも想定外だったようだが。


 運転席から伊太池さんの咳払せきばらいが聞こえた。

 

 『ここだけの話』とか言われてしまった手前、この人はいささか気まずいかもしれない。

 

 戦後の動乱の中、生きていくだけで精一杯だった時代から、局長と軍曹は苦楽を共にして死線しせんえてきた仲であり、純粋じゅんすいに戦友であり同志である、とわたしは今まで信じてうたがわなかった。

 

 でも、二人は神様ではなく人間なのだ。何度も折れそうになった心を互いにささえ合って、現在にいたっている。

 

 ひょっとしたら何かのはずみ(?)で、間違いを起こすことだって無きにしもあらず。

 

 しかし、たとえそんな事実があったとしても、本人達から、特に軍曹の口からそれを話すことは決してないだろう。局長の名誉のために、きっと墓場まで持って行く。

 

 でも不貞行為。無粋ぶすいと言われようと何だろうとけがらわしく思えてしまう。

 

 やっぱり、わたし子供なのかなぁ。それとも逆に考えが古い?

 

 「ところで紗希、話は変わるが……」

 

 突如とつじょ話題を飛ばす軍曹。そうそう。この話は終わりにした方が良い。局長や軍曹に対するわたしの信仰心と尊敬の念が崩壊ほうかいする前に。

 

 「お前さん、今度の正月休み、一度実家に帰ってみたらどうだ?」

 

 「いきなり何です? 帰って……どうするんです?」

 

 実家なんて、思い出すだけで嫌悪感が再発して憂鬱ゆううつになる。

 

 「実質じっしつ、まだ家出状態だろ。親父さんだって心配してる。ちゃんと話し合った方がいい」

 

 「なんで心配してるなんて分かるんです?」

 

 「それは……あれだよ」

 

 なぜか歯切はぎれが悪い軍曹。

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