今さらのプロローグ 2 変態確定。

 男性はわたしの背に軽く手をえ、中にまねく。

 

 「お、お邪魔します」

 

 「素敵な声だ。俺はルーサー・頼悟らいご・ベルウッド。君は?」

 

 「鞍馬紗希くらまさきです」

 

 たずねられるままに答え、招かれるままに進み、リビングにいたる。


 特別広くはないが快適に過ごせそうな空間だった。盲目もうもくながらきちんと整理整頓もできており、片付けの苦手なわたしは感心してしまった。

 

 暖炉だんろの前に、一匹の茶色い中型犬が眠っていた。柴犬しばいぬのようだ。

 

 「サキちゃんか。可愛かわいい名前だ。まあ座って」

 

 いきなりれ馴れしい呼び方だが、ここはひとまず大目おおめに見ておき、黙ってソファに座った。

 

 ベルウッドさんもわたしの隣に座り、ずいぶんと密着みっちゃくしてきた。

 

 「夕飯は? 一緒に食べようと思って用意したんだ。先でも後でもいいけど」

 

 この台詞せりふ、わたしにとっては後半が意味不明だった。

 

 夕飯時に訪ねたのはあつかましかった。やはり少し時間をずらすべきだったかな。

 

 「夕飯って……いきなりいただくのも悪いので……ゑっ⁉」

 

 突然、ベルウッドさんの大きな両手が、わたしの顔をつつみ込んだ。

 

 盲目の人が相手の顔にれてその顔形を確かめる行為こういは聞いたことがあるが、一言おうかがいを立ててからにしてほしいものだ。

 

 そもそも、本当に容姿ようしが認識できるのかどうか、わたしには知るよしもないのだが。

 

 いきなりの事態に、顔がどんどん熱くなってゆく。

 

 ベルウッドさんはわたしの髪からひたい、眉、目、鼻、耳、あご、そしてくちびるに至るまでなぞった。

 

 「飛びっきりの美人だね。君の恋人になれたら世界一幸せだ」

 

 ベルウッドさんの声色こわいろ一層いっそうの色気が含まれる。

 

 わたしは顔だけでなく全身までも熱くなるのを感じた。

 

 「君、新人? この仕事初めて?」

 

 「えっ、は、はい」

 

 練識功アストラルフォースの保持者をスカウトするのは初めての経験なので、わたしは素直すなおに答えた。アンブローズに入って日が浅いのも事実だったが。

 

 しかしどうしたものか。全盲の人の手を無碍むげに叩き退けるのも気が引ける。

 

 「緊張しないで」


 ―――やおら。


 ベルウッドさんの腕がわたしの腰に回り、そのまま抱きせられた。

 

 あれ?

 

 「リラックスして。君は魅力みりょく的だ。自信を持っていい」

 

 耳元で、快楽中枢ちゅうすう崩壊ほうかいさせんばかりの官能かんのう的なささやき。

 

 認めたくはないが、声だけを聴いていたら本気でれそうになる。

 

 でも、おかしい。


 太腿ふとももに手を置かれた時、わたしは確信した。

 

 変態確定。

 

 迷わず、ベルウッドさんに手加減無しのすね蹴りを炸裂さくれつさせた。

 

 ベルウッドさんは短い悲鳴を上げ、ソファから転がり落ちて脛を押さえた。

 

 なんか……自分の能力をうたがいたくなる。こんな助平オヤジが、本当に練識功の保持者なのだろうか?

 

 眠っていた犬が耳をピンと立てて目を開けたが、またすぐに目を閉じた。

 

 「いっつぅ……。ひどいよ。いきなり何をするんだ?」

 

 「それはこっちの台詞です! この変態オヤジ!」


 トントントン


 突然のノック。


 「こんばんは~、ミナだよ~。遅くなってごめんね~」


 ドアの向こうからは、二十歳前後と思われる女性の声。


 「あれ? ミナちゃん?」


 ベルウッドさんはうめくようにらしたが、まだ脛を押さえたままうずくまっているので、わたしが代わりに応対することにした。


 ドアを開けると、ヒラヒラスケスケコスチュームの上に白い毛皮のコートを羽織はおった、濃い目の化粧の若い女性の姿。


 「こんばんは。ルーちゃんいる?」


 「……ルーちゃん?」


 わたしはまだ事態がみ込めず、オウム返しに問うことしかできなかった。


 「ミ、ミナちゃん。てっきり、今夜は来られないと思ってたよ」


 ベルウッドさんがびっこを引きながらやってくる。


 「ルーちゃん、この娘だーれ? ルーちゃんの彼女?」


 『違う違う!』


 わたしとベルウッドさんの全力否定がハモった。


 「こんなカワイイ彼女がいるなら、わたしらなんかと遊んでちゃ駄目だよ。ルーちゃん優しいんだから、彼女のこと幸せにしてあげて」


 言うなり、ミナちゃんとやらはきびすを返し、こちらが呼び止めるいとまもなく早足で歩き去って行った。


 誤解ごかいされたまま去られるのは不本意ふほんいだが、わざわざ追いかけて行って説明をするのも手間なので、わたしはあきらめてドアを閉めた。


 途端とたん、ベルウッドさんに両肩をガシッと掴まれた。


 「お前誰だ⁉」

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