今さらのプロローグ 11 両者、一切たりとも息の乱れがない。

 「凄いなぁ。僕はもうこの時点でついて行けないと思う」

 

 ノエル先輩が感嘆かんたんした。

 

 わたしも同感だった。

 

 こうして距離を置いて見物していても、二人の手足の動きをやっと見切ることができているほどなのだ。それに、軍曹の攻撃をベルウッドさんが受け止めるさいに聞こえる音が、まるで分厚い板を叩き割るようなそれに近い。

 

 二人ともぼんやりと青緑色をびている。徐々じょじょ練識功アストラルフォースで肉体強化をしているのだろう。

 

 あくまで『徐々に』であり、本人達の様子を見るかぎり、まだ実力の半分も出していないと思われる。

 

 軍曹とベルウッドさんは一旦いったん間合いを取り、中断した。

 

 「軍曹、目の見えない奴が相手で遠慮えんりょしてるのか? 手加減無用だ」

 

 「そうみたいだな」

 

 両者、一切いっさいたりとも息の乱れがない。

 

 局長は腕組みをしたまま黙って見ている。

 

 突然、ヴゥン! と空気が振動しんどうした。

 

 わたしの全身に鳥肌が立った。恐怖や悪寒おかんといったたぐいではなく、一瞬にして跳ね上がった両者の練識功アストラルフォースのエネルギーに皮膚が反応したのだ。寒暖を感じるように。

 

 両者が発す青緑色の光が強く濃く変化した。


 一呼吸後、同時に床を蹴った。


 そのまま両者とも同じ位置に右ストレート。


 二つの拳が正面衝突した瞬間、耳ざわりな音が鳴り響く。例えるなら、少し爆音の混ざった金属音。


 上体を落とした軍曹からの足払い。

 

 ベルウッドさんは低く飛んでけた。

 

 さらに軍曹からの全身を伸ばし様のエルボーが飛ぶ。

 

 ベルウッドさんはそれをひざ蹴りで横に払った。

 

 そして軍曹の脇ががら空きになったこの一瞬を逃さず、ベルウッドさんからストレートキックがぶち込まれた。

 

 軍曹は後ろへ飛ばされ、五回ほど床を転がって踏み止まった。

 

 キキキィ―! と、軍曹の靴底が悲鳴のような音を発す。これでも蹴られる瞬間、咄嗟とっさに身を引いて衝撃を緩和かんわしたのだ。


 間髪かんぱつ入れず、ベルウッドさんが低く鋭く全力猛進を掛けた。


 軍曹が跳び、ベルウッドさんの左手に回った。


 ベルウッドさんは左足をじくに体の向きを九〇度変えつつ右足でブレーキを掛けた。


 また靴底の擦れる耳障りな音。滑りやすい革靴をいている分、少しだけベルウッドさんの方が不利かもしれない。


 軍曹から強烈なボディーブロー。


 ベルウッドさんは一瞬ガードが遅れ、飛ばされて床を横転した。


 ゴムと革のげる臭い。


 「はい、そこまで」


 局長からブレイクが掛かった。


 とほぼ同時に、バリバリバリ! と、雷が空を裂くような轟音ごうおんが響いた。


 『ゑっ⁉』

 

 ノエル先輩とわたしの驚愕きょうがくの声がハモる。

 

 両者の手からほとんど同じタイミングで、青緑色の剣が発生したからである。

 

 手に練識功を集中・凝縮ぎょうしゅくさせることで剣型のエネルギー塊を形成できるのだが、理屈は知っていても実は難しく、わたしは未だにちゃんとしたものは作れない。

 

 軍曹が作れることは知っていたが、ベルウッドさんまで可能だとは思わなかった。

 

 とか、感心している場合ではなかった。このエネルギー塊でブっ叩けば、いかなる物質でも溶失可能だ。そんな恐ろしい凶器でのチャンバラはさすがに危険過ぎる。

 

 「ストップ! もうやめて」


 局長が再度声を上げる。


 だが、両者は躊躇ちゅうちょなくエネルギー塊の剣を構え、互いにりかかった。


 剣同士がぶつかり合い、バヂッ、バヂッと凄まじい音が鳴る。

 

 どうやら二人とも完全に戦闘に入り込んでしまったようだ。周囲も我も忘れるほどに。

 

 それから両者、止める気配はなく、全力で何合なんごうも打ち合い続けた。

 

 熱を帯びた剣風けんぷうがこちらまで吹いてくる。

 

 止めに入るのも危険である。どちらかが倒れて自然に収束するのを待つしかなさそうだが……。

 

 すると、局長がうなるように息を吐き、おもむろに立ち上がった。

 

 まさかとは思ったが、そのまま打ち合う二人の方へと歩いてゆく。

 

 目を見張るノエル先輩とわたし。


 割り込んで強制終了させるにも、同じく練識功の剣が必要になる。ともすれば、三人全員無傷で終了させるのは不可能かもしれない。

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