第三章 11 どういうこと? 特殊部隊は?

 軍曹もわたしと同じ物を照らしていた。

 

 「紗希、これは……」

 

 確証がなかったのか、信じたくなかったのか、みなまで言わず、それでも剣を抜く。

 

 わたしも剣を抜いた。

 

 そう。紅衣貌ウェンナックを連想させる色の石、などではなく、紅衣貌そのもの。ずっと聞こえていた変な音の正体は、この紅衣貌の呼吸音。

 

 どういうこと? 特殊部隊は?

 

 とりあえず詮索せんさくは後にして、目の前のこの怪物をやっつけなくては。

 

 わたしは胸の辺りに意識を集中させて……。

 

 ??? おかしい。いつものように全身が熱くなるのだが、まるで潮が引くようにすぐに冷めてしまう。それにこの暗闇なら、練識功アストラルフォースを発動させたさいに体から放たれる青緑色の光もよく見えるはず。

 

 となりから舌打ち音が聞こえる。どうやら軍曹にもわたしと同様の謎現象が起きているようだ。

 

 その時、螺旋階段にぽつぽつと灯りが出現した。


 何が起こっているのか把握はあくできないまま、それらはたちまち数を増やし、階段上に立ち並んでいった。

 

 松明たいまつだった。

 

 途中とちゅうに幾つもあったあの通風こうから出てきている。

 

 明るくなり、この空間の大まかな様子が見えてきた。

 

 大勢の人々が五段置き程度に螺旋らせん階段に立ち、皆手に松明とナイフを持っていた。

 

 正確な人数は分からないが、五百人以上はいそうだ。

 

 言わずもがな、味方ではない。おそらく終末思想団体アポカリプスの信者達。

 

 あの小さな通風孔に、彼らはずっと息を殺してひそんでいたことになるが、フオンフオンという怪音のせいで気配がき消されていたため、わたし達は彼らの存在に気付くことができなかった。

 

 そして一番の目玉は、何と言ってもこの怪物。

 

 わたし達の目の前にいる深紅しんく色の紅衣貌ウェンナック

 

 一見大蛇のようだが、全身体毛でおおわれていて百足むかでのような足があり、尻尾しっぽは狐のようにフサフサしている。とぐろを巻いているので正確な体長は認識できないが、とにかく巨大であることだけは確かだ。

 

 顔、頭部はゴリラと人間を足して二で割ったような形状。口には短剣さながらの牙が大小乱雑らんざつ不規則ふきそくに生えている。

 

 生理的嫌悪感が込み上げる。やはり紅衣貌は何度遭遇そうぐうしても見慣れないものだ。

 

 おかしなことに、紅衣貌独特のヘドロ臭がしない。まあ、そんな悪臭がすれば、もっと早くに気付いていたが。

 

 何より悪臭以前に、わたし達は紅衣貌特有の妖気ようきのような気配を感じ取ることができるはずなのに、今回はそれすら察知さっちできなかった。

 

 原因は不明だが、練識功アストラルフォースの発動ができないことと関係があるのかもしれない。

 

 「長い道のりご苦労だった。アンブローズの御二方おふたかた

 

 一番近くに立っていた男が言った。お世辞せじにも友好的とは程遠ほどとおい態度で。

 

 伊太池いたいけさん、あの兄ちゃん、一体全体、何進法なんしんほうで数えればこの大人数おおにんずうが二十人になる⁉

 

 「ナヒトには、一人でいいと言ったんだが、まあいい。君達には我らが御神体ごしんたいかてとなってもらう」

 

 「ナヒトぉ?」


 軍曹が嘲笑ちょうしょう混じりに問い返した。

 

 このさい、十進法も分からないあんな兄ちゃんの正体より、わたしはこの怪物のエサにされることの方が気掛きがかりなんですけど?

 

 いや、そもそも最初からわなだったのだ。十進法を知らなかったとかではなく。

 

 「あの若造、お前らの仲間だったってわけか。保安局の職員だからな、すっかりだまされちまったよ」

 

 この状況で、軍曹は悠然ゆうぜんかまえていた。わたしを安心させるためなのか、それとも何かさくがあるのか。


 ズルズル、と、紅衣貌がゆっくり動き出す。急に明るくなったので目が覚めたのだろう。

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