第一章 2 げっ、このオッサンの口から『愛』とか聞くと、なんか発狂したくなる。

 ……が、死を覚悟したその瞬間、いきなり体が浮いた。

 

 正確にはかかえ上げられていた。

 

 「まあまあってとこだな」

 

 よく知った男性の声。

 

 目を開けると、わたしは肩にかつがれていた。

 

 一体全体どのように脱したのか、知らぬ間に紅衣貌達の包囲網の外まで来ていた。

 

 ひとまず安全な距離を保てた位置で、わたしは地面にポイと落とされた。

 

 もろに尻を打つ。痛い。もっと丁寧ていねいあつかってほしい。

 

 尻餅しりもちを突いたまま見上げると、わたしと同じ制服を着てサングラスをかけた、三十前後の男性の姿。小麦色の肌とゆるくカールした黒い短髪、整った口ひげ顎髭あごひげ

 

 決して怪しい者ではない。わたしの相棒、ルーサー・頼悟らいご・ベルウッドである。

 

 こんな夜になぜサングラスを掛けているのかは後ほど説明する。

 

 正確には、ベルウッドさんはまだ仮の相棒である。わたしには本来の相棒がいるのだ。もっと常識的で品があってたのもしい相棒が。しかし、今は本人の都合で第一線を退しりぞいている。

 

 「まあまあって何です? 今までどこにいたんですか?」

 

 わたしは痛む尻をさすり、喧嘩腰に言い返した。

 

 「なぁに、ちょっと木に登って、高みの見物をしていただけだ」

 

 ベルウッドさんは悪びれるふうもなくしゃあしゃあと答えて、わたしの右側の地面に剣を突き刺す。

 

 もちろんこの剣、先程わたしが紅衣貌に弾かれた剣である。

 

 つまり、わたしがピンチにおちいったあの瞬間に、ベルウッドさんは木から飛び降りて、わたしを担ぎ上げて剣を拾い、紅衣貌達の包囲網を突破したということだ。

 

 何たる早業か。戦闘における実力だけなら、わたしの本来の相棒にも引けを取らない。

 

 だが、この性格は受け入れ難い。

 

 「高みの見物ぅ? こっちはもう少しで死ぬところだったのに、どういう神経してるんです? 第一、『見物』って、見えないのに、、、、、?」

 

 「だから、ちゃんと助けてやっただろ。俺はひよっこのお前さんをきたえ育てるために、心を鬼にしてギリギリまで手出しをしなかったんだ。相棒としてのつとめであり、愛だ」


  げっ、このオッサンの口から『愛』とか聞くと、なんか発狂したくなる。

 

 「それにな、お前さんのへなちょこ立ち回り、見えなくても、、、、、、大いに楽しませてもらった」

 

 ―――そう。

 

 わたしの仮の相棒、ベルウッドさんは全く目が見えない。つまり全盲なのだ。

 

 子供の頃、父親に殴られたことが原因とのことだが、本人いわく、視覚以外のあらゆる感覚が人一倍鋭敏えいびんであることに加え、練識功アストラルフォースでそれらを一層ませることで、周囲の様子は手に取るように分かるとのこと。

 

 まあ、なぜか服のボタンは毎回必ず掛け違えてるけど……。

 

 輝きのない灰色の瞳を隠すため、外出時は昼夜を問わずサングラスを掛けているのである。

 

 「心を鬼にとか愛とか言った後に、ニヤニヤしながら、大いに楽しませてもらった、ですか? このドSオヤジ」

 

 「いいからさっさと立て。来るぞ」

 

 ベルウッドさんは迫り来る紅衣貌達を顎でしゃくり指し、話題を強引に切り替えた。

 

 まさか、まだ戦わせるつもりなんかい?

 

 「誰かさんのせいで、もうへとへとなんですけど?」

 

 「おい紗希、弱音を吐くな」

 

 ベルウッドさんはしゃがんでわたしと目の高さを合わせると、わたしの頬に軽く手を添える。

 

 「立たないと、キスするぞ」

 

 「立ちます立ちます!」

 

 わたしはたまらず半泣き声で叫びながら、はじかれるように立ち上がって剣を取った。

 

 セクハラ脅迫きょうはくに当たる。この変態オヤジ、後で局長に言い付けてやる!

 

 まあ、キスよりもっと恐ろしい仕打ちもあるが、それは後ほど機会があったら話すことにしておく。

 

 「いい子だ。やればできるだろ」

 

 ベルウッドさんは満足気まんぞくげにわたしの頭をよしよしとでると、短く気合いの声を発した。

 

 バリバリバリ、と雷が空をくような轟音ごうおん

 

 ベルウッドさんの手から青緑色の発光棒が生えた。

 

 いわゆる練識功アストラル・フォースによってせるわざなのだが、実はかなり難易度なんいどが高い。

 

 精神エネルギーである練識功を空気中で任意にんいの形にとどめておくには、超高度な技術と集中力、そして強濃きょうのうな練識功の力をようするのだ。

 

 それを、このオッサンはセクハラ脅迫発言の直後にやってのけたのだから、その切り替えの迅速じんそくさだけは嫌味抜きで尊敬する。

 

 わたしのレベルでは、一、二秒程度、細長い形を発生させるだけで精一杯である。

 

 そんなすこぶる高度な業だが、この精神エネルギー塊(以下、剣と呼ぶ)で触れれば、いかなる生命体及び物体は溶壊ようかいされる。

 

 つまり返り血を浴びない。ズルい!

 

 紅衣貌ウェンナック達がゆらゆらぞろぞろと集まってきた。

 

 立ち上がったはいいが、剣を握る手に力が入らず、太腿ふとももの筋肉も破裂しそうだ。

 

 ダッシュ、できるだろうか?

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