第077話 黒い粘液

「嘘……どういうこと?」


 ミラさんが呆然と呟く。


「理解していただけましたか? 抵抗を止めて大人しくシーナを渡してください。そうすればあなた方には何もしません」


 すでに人の姿をしていない黒い粘液の一部が変化して口の形になり言葉を発する。

 口は複数あって別々の場所から声が聞こえて気持ち悪いったらない。


「シーナを捕らえなさい。シーク、あなたも手伝いなさい」


 セオロアさんの言葉に7人が走り出し、こちらへ向かって来た。黒い粘液だった時よりもよっぽど速い。

 シークくんはというと、短く了承した後に黒い粘液となって周囲の黒い粘液と混ざってしまった。

 けれど、それで何かが変わったようには感じなかった。何だろうと気にはなりつつ、そちらにばかり気を配ってはいられない。


 タタさんは開けていた扉を閉めて室内へと向き直ると私の背中にシーナちゃんと共に乗ってナイフを取り出した。


「止まりなさい」


 次いでセオロアさんの声で指示が出る。7人はその場で立ち止まった。

 その指示を出したのは、ローレンさんの後ろに隠れていたテバサキだった。


 セオロアさんは別の言語で同じ指示を出した。


「テバサキ、繰り返して。『止まりなさい』」


 アントンさんの言葉をテバサキがセオロアさんの声で繰り返すと再び7人は止まった。

 セオロアさんは多種多様な言語で7人へ指示を出し、アントンさんが翻訳した言葉をテバサキが真似て止める。


 面倒になったのか、テバサキを狙うことに決めたようで黒い粘液がムチのように伸びてテバサキへ向かう。


 そのムチにローレンさんは拳を叩きつけた。

 黄色のグローブは問題なく使えたようで、黒いムチは弾き飛ばされると煙を出しながら飛び散った。


 ローレンさんだけでなく、アルさんが持っていた剣も魔道具だったようで冷気を纏い氷の剣となっていた。黒い粘液の動きは鈍く、ある程度小さくなると形を保っていられないようで蒸発するように消える。

 アントンさんは塩水をばらまき、ミラさんは杖の先に火を点して燃やしていた。

 塩水が弱点なのはシークくんと同じだったようで、塩水のかかったところは煙を上げて蒸発していた。


 テバサキのおかげで機動力のある7人も大人しくしている。


 魔法が消えたり辺りに黒い粘液が飛び散った時にはもう駄目かと思ったけど、意外とまだ余裕がある。

 でも、まずい状況には変わりない。黒い粘液は時間経過と共に増えていてローレンさんたちが減らしている量よりも多い。

 このままローレンさんたちと離れているのはまずいと思ったようで、タタさんが私に彼らの元へ向かうように指示を出す。私はその指示に従い走り出した。


「タタ、ミラ」


 アルさんが声をかけ、何やら指で合図を出す。

 2人には伝わったようで了承が返って来た。


「作戦というにはお粗末な案があるんだがアンタらはどうする?」

「乗る。このままじゃジリ貧だ」

「ですね。試してみましょう」


 ローレンさんとアントンさんもアルさんの案に乗ることにしたようだ。


「だったらついて来てくれ」


 アルさんが駆け出し、それに続く。

 向かった先は地下への入口だった。


 ローレンさんたちは近かったけど、私たちは施設の出入口まで来ていたからその入口まで遠い。

 黒い粘液はわらわらと私たちの方へ集まってきている上に足の踏み場がない。


 え、これ行ける……?

 魔法が使える時なら結界を足場にすることもできるけど今はそれができない。


 ローレンさんたちが道を作ろうとしてくれてるけど手が足りていない。


 どうすれば、と考えていれば背中が軽くなった。

 振り替えるとタタさんは私から降りていて出入口の扉と壁の設置部分に回し蹴りを入れた。

 大きな音を響かせて扉上部の蝶番部分が壊れる。

 同様に残った下の蝶番を外すと扉を外して両手で持ってそれを投げると私の上に乗った。


「しっかり掴まってろ」


 シーナちゃんを前にして左手で抱き締めながら進めと指示する。


 走り出しながら考える。

 元扉となった木の板までは余裕で届く。問題はその次だ。

 木の板からローレンさんたちがいる地下への入口が遠かった。広くて安定した足場ならともかく、下手したら着地した時に板の下にある黒い粘液で滑ってしまうかもしれない。


 ……タタさん、いざとなったら私を踏み台にする気じゃないよね?

 ちょっと不安だけど、いざという時は仕方ない。私も踏み台にされる覚悟は決めておこう。


 本当はちょっとどころじゃなくてとても怖い。

 セオロアさんはローレンさんたちは捕まえようとしていて殺意のようなものは感じない。でも、私は人間じゃないからね。だったら邪魔だし殺しておこう。なんてならないとも限らない。

 黒い粘液に触れて溶けたりしたらどうしよう。

 

 それでも、私は助走をつけて木の板へと向かって跳んだ。


 木の板の上に着地をする。滑るかも、と思ったけどむしろ逆でしっかりと固定されているように動かなかった。

 これ幸いにとその勢いのまま再び跳ぶ。


 でも、飛距離が2mほど足りない。

 着地点には黒い粘液が待っていて、避けるのは無理そうだ。


 高度が落ちる中、痛くありませんようにと祈る。

 けれど、着地点の黒い粘液が逃げるように避けてくれたおかげで床へと着地することができた。


 それだけでなく、ローレンさんたちの近くにあった黒い粘液も波が引くように離れていった。それだけでなく、向かって来ていた黒い粘液の動きも止まっている。

 私たちのはそのままローレンさんたちと無事に合流した。


「あなたも反抗期ですか? シーク」

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