第052話 新たな出会い

 キュルケルが逃げないよう動かずにじっとする。

 少しの間驚いたように、もしくは威嚇するように羽をバサバサさせていたキュルケルだったが、周囲を見回してから羽をしまった。

 それから観察するように私を見つめてくる。


 どれほど無言で見つめ合っていたか分からない。

 その静寂を破ったのはキュルケルだった。


「伏せ!」


 お手やおかわりなんかの躾はされていないけど、伏せは教えられている。

 敵意はないと表明するためにも私は地面に伏せた。


「待て!」


 キュルケルはそう言った後、少し様子を見てからどこかへと飛んでいった。


 追いかけたいところだけど大人しく待機する。

 探知魔法の範囲を広げてキュルケルを追う。限界が来たらこっそり追いかけよう。


 幸いにも探知魔法の範囲でうろうろした後にキュルケルは戻ってきた。

 そして、私が起き上がりジャンプしたくらいでは届かない高さから何かを落とす。


 目の前にヘビが落ちてきた。

 悲鳴を上げそうになった。


 その後もキュルケルは森と私の前を何度か行き来してリスや魚、木の実、キノコ、蜘蛛を落とした。

 生き物はどれも死んでいた。


「よし!」


 何をしているのかと思ったけど、どうやらご飯をくれていたらしい。

 でも何で? 不思議に思いながらも体を起こして魚と木の実を食べた。どちらも見たことがあるものだ。


 ヘビも前にジナルドが解体してくれたのと同じ種類っぽく見えるけど、食べる気にはならなかった。

 他に食べるものがなくて空腹で仕方ないっていう時なら覚悟を決めて食べるかもしれない。でも今はそこまで空腹じゃないからね。


「来い!」


 言われてキュルケルの方へと移動する。


「待て!」


 ピタリと止まる。


 キュルケルはバサバサと飛んで私を迂回し、私が食べなかったヘビを両足で掴むと木の枝へと飛んでいった。

 ヘビを頭から食べた後、同じようにして残っていたものを食べた。


「来い!」


 食べ終わった後、そう言ってキュルケルが飛んだ。

 とりあえずついていってみよう。


 私がついてきているかを確認するようにキュルケルが時々振り返る。

 そうして案内されたのは、ぽっかりと口を開けた洞窟だった。


 うわぁ、何か不気味。


 探知魔法で分かる範囲に限れば、結構広くて天井もそれなりに高い。誰かに整えられているというわけではなく単純に広いという印象だ。

 その枝分かれした洞窟の行き止まりの1つに人の反応があった。1人で地面に座り、壁へもたれかかっている。


 微かに血の臭いが漂ってくることが気になる。

 キュルケルは鳴き真似をして獲物を呼び寄せ、他の生物にその獲物を襲わせることがあるって言ってたよね。

 何かの罠かとも思ったけど、今のところ危険そうな感じはしない。


 当のキュルケルはというと、近くに生えていたユリと似た白い花を口で抜いていた。

 食べるのかな? と思って見ていたらそれを足で掴み直して洞窟へと入っていった。


 驚くことに、キュルケルが抜いた白い花は洞窟へ入るとほのかに発光した。

 魔力の反応が微かにある。どういう原理なんだろう。


 私もキュルケルの真似をして白い花を抜いた。その花を爪と爪の間に挟んで洞窟へと入る。

 洞窟内は真っ暗だけど光る白い花のおかげで少しは見えるようになった。

 キュルケルは慣れているのか迷いなく飛んでいた。


 洞窟を進んで数分、人の反応があるところまでかなり近づいた。


「ただいまー! ただいまー!」


 キュルケルはまだ人が見えていない状態で声を出して曲がり角を折れた。

 この先に人がいる。微かに動いているから生きていることは確かだ。


 探知魔法によると曲がり角の先は少し広い空間になっており、天井部分には小さな穴が空いている。

 その穴はキュルケルなら出入りできるくらいの大きさがある。

 位置関係は私のいる通路の出入口、天井の穴、人が一直線に並んでいる感じだ。

 今の太陽の位置から考えると天井の穴から日光が差し込んでいるんじゃないかと考えられる。


 奥にいる人の手元には矢がセットされたボウガンのようなものがある。

 座ったままでこちらへと向けているわけじゃないけど、引き金に指がかかっていてすぐに撃てるような状態だ。


 その人は足を怪我しているようで右足に添え木がされ、布か何かで巻いて固定している。

 元から足が悪いなら杖がありそうなだけどそれらしい物はない。

 体内から魔石の反応はない。体の輪郭から人族だろう。体格が良くて筋肉も程よくついていそうな男性だ。


 満足に動けないような状況で私が現れたら驚いて撃たれない?

 結界を張っておけばいいかな。


 とりあえず、私は人間じゃないよと言うつもりでクルクル鳴いてみた。

 その人は私の鳴き声に反応してボウガンを構えた。ただ、銃口は下がったままで地面を向いている。


 キュルケルがその人の肩に降りる。


 見えない結界をいくつか張りつつ、私は曲がり角を曲がった。

 曲がってからも結界を張ることは怠らない。


 矢が飛んでくることはなく、私はゆっくりと歩いた。


「待て」


 日光が差し込んでいるところまで来た時、低くてどこか色気のある渋い声が響いた。

 まるで洋画の吹替やアニメのラスボス、もしくは主人公の師匠のような重要人物を連想させるイケボだ。


 きっと素敵なイケオジだ。ぜひともそのご尊顔を拝みたいと思いながらも私は止まった。

 残念ながら私からは奥が見えない。


 我ながら現金だよね。さっきまであんなに不安だったのに人がいると分かった途端、気持ちに余裕ができた。


「伏せ」


 続く声に従って素早く地面に伏せる。


「全く、凄いのを連れてきたな」


 微かに喜色の滲んだ声で言った後、彼は肩に乗っているキュルケルを撫でた。

 男性は動きにくそうにしながらも立ち上がる。そして洞窟の壁に手をつきながら右足を引きずり私の方へ歩いてきた。


 天井の穴から差し込む日光に照らされたのは60代後半と思われる、白髪の混ざった暗めの茶髪と茶色の目をした男性だった。目力があり髭も良く似合っている。

 顔に意識が集中してしまったけど、彼の右足に視線を移す。自分で手当てをしたようで彼の右足に巻かれた包帯には血が滲んでいた。

 服装は動きやすそうな革で作られた鎧だ。


 彼はボウガンを片手で持ったまま腰のポシェットから干し肉を取り出した。干し肉を持った左手だけを伸ばしてゆっくりと私に近づいてくる。


「頼むから暴れてくれるなよ」


 伏せた状態で待つ。


「ほら、食っていいぞ」


 触れられるくらいに近づいてきた彼は干し肉を差し出してきた。

 干し肉の匂いを嗅いでみる。おかしな匂いはしない。

 毒は入っていないと思うけどどうしようかな。


 少し悩んだ後、私はその干し肉を食べた。

 うん、歯ごたえもあって程よい塩気も含めてとても美味しい。


「美味かったか?」


 彼は私を見ながら手を伸ばしてきた。彼の手は私の鼻先に触れ、そのまま撫でられる。


「良い子だ。……乗るぞ?」


 優しい声音の後、少しの緊張感を滲ませ尋ねられた。


「ククッ」


 なので、私は了承の意味を込めて返事をした。

 鳴いたことで少し驚かせちゃったみたいだけど、すぐに落ち着いた彼はボウガンを置くとゆっくりと私の上に乗った。


「立て」


 指示に従って立ち上がる。


「テバサキ、ボウガン」


 え、何。手羽先? ……まさかキュルケルのこと!?


 その予想を裏付けるように、キュルケルは男性の置いたボウガンへと向かって行った。

 キュルケルことテバサキがボウガンを足で掴んで男性の元へ戻って来る。

 彼は慣れたようにボウガンを受け取るとテバサキの頭を撫でた。


 彼を乗せて洞窟を出る。

 洞窟を出た後は指示に従いながら森を移動した。


 テバサキが先行して「いいよー」やら数字で合図をした。「いいよー」は問題なしって意味で、数字の時はその数の生物がいる。その生物っていうのも危険性があるもので小動物とかは無視している。


 キュルケルって凄いね。


 これなら無事に森を出られるかもしれないと思っていた時、少し遠くの方から不審な音が聞こえてきた。

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