第066話 ある施設の話

 彼女の1番古い記憶は、広い部屋に裸で床に横になっているところから始まったという。体を起こして周囲を見れば自分と似たような人たちが彼女を含めて8人いて、年齢はバラバラで10歳ほどの少年期から10代後半の青年期くらいだったそうだ。

 彼らがいた部屋には窓がなく、1つの扉と机、机の上には1枚の紙があったらしい。状況も把握できないまま呆然としていると1人の少年が机の上にあった紙を手に取った。

 直後にゆっくりと動き出し天井が迫ってきたという。


 彼らは紙に書かれた問題を解決し、次の部屋へ進んだ。

 その後も様々なテストが行われ、脱落した者も多かったという。


 ある程度のテストにクリアした彼女がたどり着いた部屋には、これまでの部屋の様子がリアルタイムで映し出されたらしい魔道具があった。テストのやり方が記された書類、テストを行うことを指示する紙、マスターキーが置かれていた。彼女はテストを行う側となった。

 最初は何とも思っていなかったらしいんだけど、時間が経つにつれて嫌になって施設から逃げ出したという。


「それからこの森にいるの。逃げ出す前に私と一緒に部屋へたどり着いた子と話してみたけど、彼は何とも思っていないみたいだった」


 だから1人で逃げた。と彼女は悲しそうに言った。

 そして施設から逃げ出した彼女は、洞窟や森などで過ごしていたという。町や村へ行くことも考えたらしいけど、施設の関係者に探されたらすぐに見つかってしまうと思って行くことができなかったらしい。


 もうここまで来たら、と手紙を書いた相手や内容、彼らとのこともシーナちゃんは話してくれた。


 洞窟で過ごしていたある日のこと、聞こえてきた話し声に目を覚ましてぼんやりとしていれば、「子どもにどれくらいの値を付けるか」という話が聞こえた。

 寝起きで回っていなかった頭が冷や水を浴びせかけられたように鮮明となり、彼女はその会話に耳を澄ませた。何かの聞き間違いでも何でもなく、彼らは組織的に子どもを誘拐して売り飛ばしていた犯罪者集団だった。それが分かった瞬間、止めないとと思って彼らを制圧した。


 制圧した後で我に返れば、その後のことを何も考えておらずあたふたするも檻や袋に詰められていた子どもたちを助け出した。幸い、子どもたちに大した怪我はなかった。その時助けた子どもの1人が手紙の宛先人であるコールくんだ。

 シーナちゃんは町へ帰りたいと言うコールくんたちを町の近くまで送ることに決めた。

 でも簡単にはいかなくて、山を下りている途中に別で動いていたらしい誘拐犯たちに見つかり囲まれてしまった。


 ただ、その誘拐犯を隠れて追っていたコールくんの保護者が誘拐犯たちと戦ってくれた。そのコールくんの保護者というのがアルさん、タタさん、ミラさんの3人だ。

 彼らは誘拐犯たちと戦い勝利し、シーナちゃんはそこで別れることにした。彼らはお礼をしたいと言ってくれていたし、1人だと心配だから保護させて欲しいとも言われたそうだけど断った。


 別れた後も彼らは定期的にシーナちゃんが住んでいる洞窟へとやって来るようになった。

 彼女は拒むこともできなくて仲良くしていたものの、前触れもなく魔石に異常が起こり体を保てなくなってしまった。

 間の悪いことに、彼らと一緒にいた時に。


「……向けられた視線に耐えられなくなって逃げたの」


 逃げた彼女はこの森を見つけ、ここで過ごすようになったのだという。

 どうにか体の崩壊を止められないかといくつか試したらしいけれど効果はなかったそうだ。


「話してくれてありがとう」


 ローレンさんは屈むと微笑みシーナちゃんの頭を優しく撫でた。


「その施設を押さえることができれば、資料を調べたり研究員から話を聞いて彼女を助ける手段が分かるかもしれません。ですがそれは、あまり現実的ではありません」


 彼女の話が本当だとしたら相当な技術力を持った人物が関わっており、個人で行っているとは考えにくく組織的な活動であることが自然である。研究内容は自らの手で魔族を作り出すという倫理に反することであり、秘匿されるべきものであるため警備も厳重でだと考えられる。

 自分たちにはあまりに荷が重い。と、アントンさんは言った。


 彼は左手の中指で眼鏡のブリッジを押し上げてから話を続ける。


「では、彼女から施設の場所を聞いて領主様へ報告したとします。施設が最速で無事に制圧できたとして、彼女を助ける方法が分かったとしても、領主様が彼女を助ける理由にはなりません。先にも言った通り、倫理に反する技術だからです。トリエステ様は公明正大で厳格な方と聞いています。残しておくことは危険だと判断して研究資料を破棄してしまうかもしれません」


 私たちが施設へ乗り込む場合、彼女を助けられるかもしれないけど非常に危険。領主様へ報告して騎士団や冒険者に動いてもらった場合、危険性は下がっても私たちには手が出せなくなり彼女を助けることができなくなる。


 他に何か方法があればいいかもしれないけど、彼女を助けることはかなり難しそうだ。

 良く分からない施設からせっかく逃げ出せたのに、寿命まで決められていたなんて悲しすぎる。


 私は体を起こすとシーナちゃんに体を摺り寄せた。シーナちゃんも少し緊張はしていたけど嫌がらなかった。

 ローレンさんは何かあった時のためか、私が体を起こしたのを見ると警戒していたけど止められることはなかった。


「ラナはシーナちゃんのことを心配してたんだな」

「ククッ」


 クークー鳴きながら彼女に頭や体を擦り付ける私を見て、私に彼女を攻撃する意図はないと伝わったようだ。


「シーナちゃんはどうしたい?」


 ローレンさんはシーナちゃんをじっと見つめた。彼女は落ち着かない様子で視線をさまよわせる。


「……死にたくない。でも……」


 彼女はうつむき首を横に振った。

 本当は助けてもらいたいはずだ。でも、巻き込んでしまうからと助けを求められないでいるみたい。


「大丈夫だ。お兄さんに任せとけ」


 ローレンさんは明るく言って彼女を優しく抱きしめた。


「1人で良く頑張ったな」


 そう言って頭を撫でられたシーナちゃんは、堪え切れなくなりローレンさんに抱き着くと声を上げて泣いた。

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