第065話 シーナちゃんの事情

 少ししてからシーナちゃんは花の中で体を起こして姿を見せた。ローレンさんが渡したマントを身に着けているけど、顔はもう隠していない。

 覚悟を決めたように、ローレンさんのことを見ると口を開いた。


「……その人の言う通り、何もしなくても私は消える。だからもう放っておいて欲しいの。悪いことなんてできる力も残ってないから。……それとも、殺しておかないと安心できない?」


 話していくうちに言葉は微かに震え、最後の方は少し涙声になっていた。

 顔の黒くなっている部分から黒い液体が流れ、まるで涙のようになっている。


 シーナちゃんが悪いことをして今の状態になっているならともかく、そうじゃないなら助けたい。

 頭をなでなでよしよしして慰めたい。こんなに小さくていい子そうなのにこのままいなくなるなんて悲しすぎるよ。


「君は、何か悪いことをしたのかい?」

「してないと思ってる。でも、この森に勝手に住んでたから不法占拠とかにはなるかもしれない。それに知らないことも多いから、もしかしたら知らないうちに悪いことをしてるかも……」


 ローレンさんの問いかけにシーナちゃんは自信なさそうに答えた。

 というか不法占拠なんてよくそんな言葉知ってるね。


「何もしなくても消えるって言っていたけど、魔力を得ることはできないのか?」

「魔力を得られても、魔石が駄目だからどうしようもないの」


 魔石に問題があるらしいっていうことは分かった。でも、どういうことかいまいちピンと来ない。

 魔石か。エリックさんなら何か分かったかな? 調査班所属のリオルさんたちも詳しいかもしれない。


「代わりの魔石があればどうにかならないのか?」


 シーナちゃんはふるふると首を横に振った。

 もし魔石が心臓のようなものだとして考えると単純に交換するだけじゃどうにもならないことは分かる。詳しくは知らないけど血管を繋いだりしないといけないだろうし、適合している心臓でないと拒絶反応なんかが起こるはずだ。そもそも、心臓が止まっても大丈夫なようにしておかないといけない。


「その魔石を見せてもらえることはできませんか?」


 魔石はシーナちゃんの体の中心部分、具体的には胸の少し下辺りにあるんだけどできるものなの?


「……分かった」


 少し考えた後、シーナちゃんは花の中から出ると地面へ下りた。その時、あまり高さはなかったものの足に力が入らなかったようで着地の衝撃に耐えきれずに態勢を崩した。そのまま倒れそうになる彼女をローレンさんが支える。


「大丈夫か?」

「ご、ごめんなさい」


 ローレンさんに体を支えられたシーナちゃんは慌てて離れようとする。彼が手を離すとどうにか自分で立っていた。


「そんな状態で魔石を見せて大丈夫なんですか?」

「そこまで大変じゃないから大丈夫」


 彼女の様子にアントンさんも心配そうだった。それでも彼女が大丈夫と言ったのでそれ以上は何も言わなかった。


「俺も見ていい? まずいなら見ないけど」

「見たいならどうぞ」


 許可されたのでローレンさんはアントンさんの隣に立ってシーナちゃんと向き合った。

 シーナちゃんは羽織っていたマントをはだけさせる。マント以外には何も身に着けていなくて白い肌が見えるんだけど、顔と同じように所々が黒くなっていた。彼女が少し魔力を消費すると魔石が移動し、胸元が水面のように波紋が広がったと思うと青色の魔石が現れた。

 透き通った青色で縦横高さが20cmくらいの宝石のように見えた。

 じっと魔石を見つめるアントンさんの目から魔力反応がある。何か魔法を使っているんだろうとは思うけど、それがどういうものかは分からない。アントンさんには何が見えているんだろう。


「もう大丈夫です。ありがとうございます」


 アントンさんが言うと露出していた魔石は水面へ沈むように彼女の体内へと戻った。その後はすぐにマントで体を隠した。

 そんな彼女を見てアントンさんはリュックを下ろすと服の上下を取り出して彼女へ渡した。彼女は断ろうとしていたけど彼は引かず、申し訳なさそうに受け取った。2人が後ろを向く。着替え終わったという彼女の合図で2人は振り返った。


「何か分かったことはあったか?」

「えぇ。ただ、それを話す前に聞きたいことがあります。ローレンさんは試用期間や安全機能、もしくは機能制限された魔道具について知っていますか?」


 アントンさんは落ち着いた様子でローレンさんに質問した。


「安全機能がついた魔道具は知ってる。過剰な魔力が流された時や魔道具の暴走が起きた時のため、効果が発動する前に魔法の発動回路を自壊させて魔法が発動しないようにする機能だよな?」


 なぜ今そんなことを? と言うかのように怪訝そうな顔で彼は答えた。

 アントンさんは頷いて話を続ける。


「それと似たようなもので、試用期間の設定された魔道具はその期間外になれば魔法の発動回路が自壊するような回路が組み込まれています。彼女の魔石にも同じような回路が組み込まれており、正常に機能する期限はすでに過ぎているようです」


 何でそんなことになっているのかとか、誰かにそうなるようにされたのかとか、病気のように魔族や魔物にも起こることなのかとか。回路が壊れているなら修復できないのかとか、あとどれくらい大丈夫なのかとか。

 そんな疑問が駆け巡って、彼の言葉は理解できるけどどうにも飲み込めなかった。


「それは、一体どういうことだ」


 ローレンさんも私と同じだったようで、唖然とした様子で呟いていた。


「――つまり彼女は、魔道具のような技術を使って意図的に寿命が定められた、魔族モドキの実験生物である可能性があるということです」


 端的なアントンさんの説明はとても分かりやすかった。情報過多で頭が混乱しそうだけどね!

 むしろ何でアントンさんがこんなに落ち着き払っているのか不思議なくらいだ。


「……たぶんその推測で合ってると思う」


 そう言って彼女が話し始めた内容は酷いものだった。

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