第064話 従順じゃない時もある
シーナちゃんを巨大な花の中から引っ張り出すには、3つの問題を解決しなければならない。
1つ、私はアントンさんに手綱を握られている。慣用句や比喩でも何でもなく、今もがっちり握られていること。
2つ、少し距離があるせいで巨大な花が閉じる前に到着することは恐らく無理であること。
3つ、巨大な花までの直線上にローレンさんがいること。
2つ目は花が閉じないように結界を張れば良さそう。3つ目は捕まらないように避けて、捕まりそうになったら結界に閉じ込めればいいかな。
1つ目の問題はどうしようかと考えている時、ふとある案が浮かんだ。
単純明快、手綱から抜け出すというものだ。
幸いというか当然というか、ローレンさんとアントンさんは巨大な花の方を見ているので私から意識が逸れている。
この手じゃ手綱を外すという器用なことはできないけど、革の部分に爪を突き刺すか噛みつくかして穴を開ければ簡単に引きちぎることができるだろう。
手綱を変に引っ張ったり弛ませたらそれだけでアントンさんに気付かれてしまうかもしれない。
それは2つの結界を作り、手綱を間に挟むことで固定してしまえばいい。
結界を使えることは隠しておきたいけどいざとなった時は使ってしまおう。
複数の結界を同時に張ってから手綱に噛みつく。革製の手綱は思っているよりも脆くてすぐに噛み切ることができてしまった。
私は巨大な花へ向かって駆けた。手綱を固定していた結界を消すことも忘れない。
「ラナ!」
私が走る音でアントンさんがこちらを振り返る。すぐに追いかけてくるけど私は彼を引き離した。
「な、何が起きてるの?」
シーナちゃんの戸惑った声が聞こえてくる。
花は途中で閉じなくなり、外は何やら騒がしい。そりゃ不安になるよね。
その上で花から彼女を引っ張り出すなんて気が重くなる。
それでも、このまま彼女が消えるかもしれないと思うと放っておけなかった。
「「待て!」」
ローレンさんとテバサキの言葉が重なる。
それを無視して走っているとローレンさんが巨大な花から離れて私の目の前に立ちはだかった。両手を広げて私を受け止めるつもりらしい。
だから私は左の方を少し見て、彼がその視線に合わせるように左へ踏み出した瞬間に加速しながら彼の右側を通り抜けた。
「待て! こら!」
私の動きに反応してローレンさんは手を伸ばしてきたけどギリギリ届かない。
サッカー選手ってこんな気分なんだろうか。なんて思いながら蔓を足場にゴールである巨大な花の中を見た。
「ひっ……な、何? やだ………」
彼女は花の中でローレンさんから渡されたマントにくるまり、怯えた目で私を見上げて体を縮こまらせていた。
藍色の長い髪に黒色の目。透き通るような白い肌をした10歳ほどの可憐な少女だ。
しかし、そんな彼女の肌の一部は黒ずみ、溶けるように垂れていたり不自然に膨らんでいる。目は泣きはらしたように赤くなっていた。
私を見て固まっているシーナちゃんの体を両手で掴んで花から引っ張り出す。
抵抗されるかもと思ったけど、驚いて硬直していたからかあっさりと彼女を花から出すことができた。
彼女の体は思っている以上に柔らかくて少し怖くなった。
「え……は、離して!」
ようやく状況を飲み込めたのか、シーナちゃんは私の手を外そうとする。
私はシーナちゃんに顔を近づけた。
彼女は恐怖に顔を引き攣らせて小さく悲鳴を上げると目を閉じた。
「止めろラナ!」
「食べ物じゃない! 美味しくない!」
ローレンさんとテバサキが静止の声を上げる中、私は顔を彼女の頬に擦り付けてクルクル鳴いた。
そして、彼女を片手で支えると空いた手で頭を撫でた。
「ラナ!」
私に追いついたローレンさんが右手で私の顎を、左手で私の右手を掴んだ。私の顔は右向きにされ、そこにはローレンさんが立っていて、じっと私の目を見つめていた。
顔を動かそうにも結構強い力で固定されていて動かせない。その気になれば振りほどけそうだけど、ほぼ全力を出すことになるので怪我をさせてしまうかもしれない。
「シーナちゃん、だいじょう、ぶ……」
私が大人しくしているとローレンさんはシーナちゃんへ話しかけながら視線を移した。そして、驚くように目を見開いて言葉が途中で止まる。
「見ないで! うぅ……離してよ……」
「ごめん。その、それは怪我をしているのか?」
シーナちゃんは何も答えず、私に掴まれたまま顔の黒くなっている部分を手で隠した。
「ラナ、伏せ」
ローレンさんはまずシーナちゃんを離させたいのかそう命令を出した。
あまり反抗して信用を落としてはいけない。私はシーナちゃん花の中に下ろすと蔓の上から地面に下りて伏せた。
シーナちゃんはすぐにしゃがんで姿を隠した。
「怖がらせちゃってごめん。怪我じゃないなら病気?」
返答はない。
「恐らくどちらも違います。魔力が足りず、姿を保てなくなってきているのでしょう。魔力で姿を変化させられる魔族に見られる症状です」
私たちがやり取りしている間に近づいてきていたアントンさんが言った。
「魔力が尽きたらどうなる?」
「元の姿に戻るだけの場合もあれば、生命活動すらできなくなって死ぬこともあります。彼女の行動から考えると、後者である確率が高そうです」
誰も何も言わず、重い沈黙が訪れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます