第063話 花の中の少女
「ぐす……え? や……」
ローレンさんが声をかけた後、困惑した声が聞こえた。しゃくり上げながら行われる不規則な呼吸はそのままに沈黙が落ちる。
「……だ、大丈夫だから放っておいて……」
急かしたりせずに待っていれば蕾の中からか細い返事が返ってきた。
「チビが俺をここへ案内してくれた。その花やチビたちとは友達なんだ。君も彼女たちと友達なんだろ? 少しでいいから信用してもらえないかな?」
少女は再び沈黙する。
少しして巨大な蕾が花開いた。
「俺のことを信じてくれてありがとう。何か力になれることはないかな?」
近づいたりはせず、ローレンさんは優しく話しかけた。
「……手紙を書きたいの。でも、紙もペンもなくて。紙をもらっていい? ペンも貸して欲しいんだけど……」
沈黙の後、申し訳なさそうに蕾の中からそんな声が聞こえてきた。
予想外の頼み事だった。
誰か、例えば家族とケンカして飛び出してきたとか?
……それとも遺書のようなもの?
そんな考えが浮かんだのは、彼女の持っている魔力が時間経過と共にどんどん減っていることに気が付いたからだった。
お茶の中に入れられた氷が溶けだすように、少しずつ魔力が空気中に漏れ出しているみたい。魔力が減るに伴って彼女の体の輪郭もわずかに崩れているように感じる。
魔法を使えば魔力は減る。でも彼女からは魔法を使っているような反応はない。魔法を使うこと以外で魔力が減るという現象に初めて遭遇した。
今のところ魔力の減りは緩やかだけど、5日も経てば底をつきそう。詳しくは知らないけど、魔力がなくなるのってまずいんじゃないかな。
結界で覆ったら止められる?
もし止められるなら、と植物ごと結界で覆ってみた。
しかし、残念ながら変化はない。私は結界を消した。
「もちろんだ。渡しに行けばいいかな? 待っていればいい?」
ローレンさんは懐から手帳を取り出すと何ページか破ってペンも準備した。
良い方法が浮かばないまま話は進む。
「えっと、近くまで持って来てもらっていい? 手を出してくれれば受け取るから。あ、でも中は見ないで……」
了承してローレンさんは巨大な花へと近づいた。
すると巨大植物の
彼はその蔓を足場に巨大な花へ近づき、紙とペンを持った手を花の中へ差し入れた。
「手を離すよ」
「……うん」
手を離したローレンさんは羽織っていたマントを脱いだ。
「夜は冷えるから、俺が使ってた上着で悪いけど良かったら使って。返さなくて大丈夫だから」
そう言ってから丸めたマントを差し入れた。
「……ありがとう。手紙を書くから少し待っててくれる? すぐに書くから」
「分かった。待ってるからゆっくり書いて」
優しく言ってからローレンさんは離れた。
それから約15分が経った。
この時には少女も落ち着いていてしゃっくりも止まっていた。
「書けたよ」
少女の声にローレンさんが再び花へ近づいた。そして、花の中から差し出された折りたたまれた手紙とペンを受け取る。
受け取った手紙の表裏を確認しても何も書かれていないようだった。
「中はできれば読まないで欲しいな」
「読まないから安心して。宛先が書いていないんだけど、これはどこの誰に届ければいいのかな? その人に誰からの手紙伝えたいから君の名前も教えてもらえると助かるな」
「レストーネに住んでるコールっていう男の子に渡して欲しいの。10歳の子で晴れの日の空の色をした目に透き通った川の色の髪の子」
その子はちょっとしたきっかけで知り合って、仲良くしてくれていたそうだ。この森で見かける時は3人の大人と一緒に行動しているらしい。
1人は夕焼け色の髪に朝鳥の色の目をした30代前半の男性、アル。明るくて彼女に色々と話しかける人らしい。
次に朝鳥の色の髪と夜明け直後の目の色をした20代後半の青年、タタ。無口だけど何かと彼女のことを気にかけていたらしい人。
最後に、少し空の色が入った雲の色をした髪にサミルの実の色の目をした20前後半の女性、ミラ。ゆったりとした喋り方でいつも眠そうにしている人。魔法で作った水の魚や動物、虫を見せてくれてそれがとても凄かったそうだ。そしてとても物知りなんだとか。
彼女の話を聞く限り、友好的な関係を築けていたように思える。
「シーナからの手紙って伝えて。コールくんと同じくらいの歳で夜明け前の空の色をした髪に夜の目をしてる女の子から頼まれたって言ってくれれば大丈夫だと思う」
何だろう。さっきも思ったけど色について詩的って言えばいいのかな、ちょっと変わった表現を使う子だね。朝鳥の色ってどんな色だろう。
ちょっとした疑問を浮かべている間に話は収束へと向かう。
「手紙はしっかり届けるから安心して」
「ありがとう。よろしくね」
シーナちゃんがそう言った後、巨大な花はゆっくりと閉じ始めた。
まずい。このまま別れたら次はいつ彼女と会えるか分からない。5日以内に会えたとしても、何もできないかもしれない。
今どうにかしないと手遅れになってしまいそうな気がした。
だから、私は彼女を巨大な花から引っ張り出すことに決めた。
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