第062話 青い森

 マルチェロさんたちと別れてからしばらく平原を進んだ。やがて見えてきたのは青い森だった。

 木の葉や生えている植物が青い。鮮やかというわけではなく、ラピスラズリなんかの落ち着いた青色だ。その青色も濃かったり薄かったりと様々だ。


 どういう原理なんだろう? すっごく綺麗!

 ローレンさんたちにとっては見慣れたものなのか特に気にした様子はなかったけどね。


 青い森には細いながらも道らしきものがあった。

 その道に沿って進む。

 一応の道はあっても木々が生い茂っているせいで視界はあまり良くない。木漏れ日すら見当たらないほどに太陽の光は遮られていてかなり暗い。

 外から見たら神秘的にすら見えたのに酷く不気味に感じた。


 何かに襲われても嫌なので探知魔法を発動させる。

 強力そうな生き物の反応があったり、逆に反応自体が全くなかったり、待ち伏せしている人たちがいるなど注意が必要そうな反応は今のところない。

 気になる反応としては、木や草といった植物に宿った魔力が多いということくらいだ。小さな魔石を体内に持っている魔物も多い。


 速度を落として森を進む。

 野生生物をテバサキが発見してくれるので避けることもできるけど、遠回りをするほどではないからとそのまま進行した。


 1mサイズの大きなハチやアリ、トンボといった虫が多かった。

 アリは5匹くらいの群れだったものの、アントンさんの魔法で作られた石の矢があっという間に仕留めた。

 発動までが速く狙いも正確。アリの体は固そうだったのに貫通していたから威力も高そうだ。


 ローレンさんはグローブを着けた拳を叩きつけて襲って来た野生生物を倒す。

 そんな感じで警戒はするけど特に問題はなさそうだった。


「少し珍しい武器を持っているんですけど使ってみませんか?」


 何度目かの戦闘を終えた時、アントンさんがリュックから3組のグローブを取り出した。

 赤、青、黄とそれぞれ色が違う。


「魔力を流すと効果を発動する魔道具です。赤色は火、青色は水、黄色は雷魔法を発動させます」


 何だかとても凄そう。

 私が知っている魔道具と言えばライターみたいに火を点けることができる点火棒、効果範囲内の音が漏れないようにできる音消し、あとは切れ味が良くなるナイフくらいかな。

 あまり知らないからこそ、アントンさんが紹介した魔道具はどんなことが起こるのか気になる。


「試してみてもいいか? いや、高そうだな。気に入ったとしても買えるかどうか……」


 うーん、とローレンさんは考えている。

 悩むの分かるなぁ。使ってみていいなと思ったのに買えないと欲しいって気持ちばっかりふくらんじゃうよね。そうなるくらいならいっそ使わない方がいいかもしれない。


「いえ、どれか1組差し上げます。ローレンさんの戦力が強化されることで私の安全にも繋がります。それと実際に使用した感想も聞きたいです」


 ローレンさんの言った高そうという言葉を否定していないところを見ると、本当に高価なものなのかもしれない。

 そうだとしてもローレンさんにグローブの商品モニターをしてもらいたいようだ。


「それに、実際に使ってみて便利だったら他の物や予備も欲しくなるものでしょう? なので遠慮なく使ってください」


 わぁ、商売上手。


 無料だし、そういうことならと1組ずつ試してから選ぶことになった。

 青色のグローブを付けて魔力を流すとグローブとその周辺10cmくらいを水が包み込んだ。黄色のグローブは雷を纏っていて小さな稲妻がバチバチ出ていた。赤色のグローブは炎を纏っていて燃える拳という様相だった。

 効果は流す魔力によってある程度調整できるとのことで使い勝手も良さそうだ。


「どれも面白いな!」

「気に入っていただけたようで良かったです」


 グローブを試す度にローレンさんは目をキラキラさせていた。

 アントンさんもそんな彼を見て嬉しそうに微笑んでいる。


「どれも凄いが、もらっていいなら黄色のグローブをくれないか? 火だと森や洞窟じゃ使いにくいし、水は俺じゃいい使い方が浮かばなかった。その点、雷なら相手を痺れさせることもできるし、硬い相手にも触れるだけでダメージを与えられそうだ」


 彼の言葉にアントンさんは快く黄色のグローブを譲った。


 それから森を進んで少しすると、小さなチューリップのような形をした青い花が目に入った。地表に出ている部分の大きさは30cmくらいで花の部分は綿毛になったタンポポくらいの大きさだ。その青い花の茎の中央部分には小さな魔石が入っていた。

 青い花は私たちが近づくともぞもぞと動き出し、根を引き抜くと足のように使ってこちらへと近づいてきた。


 は、花が歩いてる……!


 初めて見る、しかも実にファンタジックな光景に私のテンションは上がった。

 この子ちっさくて可愛い! 歩き方もちょこちょこって感じで可愛い!


「知ってる子だ。ちょっと待ってくれ」


 まさかの知り合いだった!


 ローレンさんが私から降りて青い花に近づき屈んだ。青い花は何かを訴えるようにローレンさんへと近づくと横に伸びた茎をブンブンと振っている。

 本人は必死なんだけどとても可愛い。

 青い花は道の先を示すとその場でピョンピョンと跳んで何かをアピールしている。


「何か訴えていますね。どうします?」

「調べてみよう。テバサキ、キャッチ」


 ローレンさんの言葉に反応したテバサキが青い花を足で掴んで持ち上げた。

 青い花は慣れた様子で暴れることはなかった。


 そのまま青い花が示すまま道なりに進むと崖に突き当たった。結構高くて地上まで7mくらいはありそうだ。

 下は地面なので落ちたら大変だ。


 道は崖を迂回するように右へ延びている。青い花は崖を下りた先を示しているため、私たちは道に沿って右へ曲がった。

 少し進むとなだらかな下り坂になったので足元に注意して下っていく。

 今回は地面が乾いているからいいけど、濡れた坂道って滑りやすいから怖いんだよね。

 慣れた道でさえ滑ったことがある。幸い、転びはしなかったけどドルフを乗せていたから慌てたよ。


 なんてことを考えていた時、微かに泣き声が聞こえてきた。

 ヒックヒックとしゃくりあげながらも大きな声が出ないように圧し殺しているような声だ。

 小学生くらいの小さな女の子の声で、なぜか少しこもっている。


 崖下へ下りてから真っすぐに続く道を右に逸れて進む。


「あそこか」


 見えたのは巨大なつぼみだった。

 テバサキが運んでいる青い花と似ていて、咲いたら同じような形になるんじゃないかと感じる。


 しかしかなり大きくて、地表の部分だけを見ても公共のバスを縦にして横に2台並べたくらいある。そしてその茎の中央部分には大きな魔石の反応があった。

 上から3分の1は青い花、残りは茎でいいのか太い胴体のようになっている。その茎には横一線の切れ目らしいものがある。


 どう考えても魔物だよね? 切れ目はもしかして口だったりする?


 泣き声はその巨大な蕾の中から聞こえている。

 探知魔法では女の子の体内に魔石の反応があるので魔族なんだろう。持っている魔力はそれほど多くない。

 気になるのは体の輪郭だ。人間の姿ではあるけど一部分が溶けているかのように、本来では直線であるべき腕や足なんかが膨れていたり凹んでいる。

 それに彼女、服を着ていない。


 女の子が食べられて泣いてる? まさか溶かされてる最中? 誰かに襲われそうになって逃げてきた? どういう状況か分からないけど凄く心配。

 ともかく、ここまで近づけばローレンさんたちにも女の子の泣き声が聞こえているはずだ。


「あれも知り合いですか?」

「あぁ、だからここは俺に任せて隠れていてくれ。雑食ではあるけど、自分から何かを襲ったりする子じゃない。それに、何かを食べる時は下の切れ目が開いてそっちで食べるんだ。花の中に何かを入れて閉じる時は、チビたちや何かを守る時だ」


 小声でそんなやり取りをした後、アントンさんは頷いた。それを見てからローレンさんが私から降りた。


「ここ」


 ローレンさんは自分の手の平を人差し指で2回トントンと叩いて言った。そういう合図だったようで、テバサキはローレンさんの手の平に青い花を置いた。

 巨大な植物へと近づいてからしゃがんで青い花を地面へ置く。その子は巨大な植物の足元へ移動すると地面に根を刺して動かなくなった。近くには同じような青い花が咲いており、小さな魔石の反応もある。だからあの巨大な植物もその気になれば立って移動できるんじゃないかな。


 ……それはちょっと怖いな。


 私はアントンさんに手綱を引かれ、彼と共に少し離れた藪の中へ隠れた。


 食べられているわけじゃないんだよね?

 じゃあ女の子の体が少し歪なことに花は関係ないってこと?


「初めまして、俺はローレンツィオ。泣き声が聞こえたんだが、何か困っているんじゃないのか? 必要なら力になるから話してくれないか?」


 蕾の中へ届くよう彼は大きめの声で優しい口調で話しかけた。

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