第061話 道中での会話

 何とも言えない空気の中、村を出るための手続きが終わった。


 ローレンさんとアントンさん、テバサキと私、そしてマルチェロさんたちが村を出た。

 マルチェロさんたちは森の調査を続けるためで、途中までは同じ道だからと一緒に行くことになった。

 ローレンさんは私に、それ以外の人は馬へ乗って出発した。


 みんなそれぞれ荷物を持っている。とりわけアントンさんのリュックが大きかった。彼自身の上半身と同じくらいの大きさのリュックで登山用リュックとかそんな感じだ。大きいだけでなく彼の体よりも幅と奥行きがある。

 パンパンというわけではなくそれほど重そうではない。


「調査は進んでいますか?」

「順調です。巨大なカムデヨは2つの魔石を取り込んだことで変異したと思われます」


 あの森の西と東には、縄張りを持っているそこそこに強力な魔物が棲んでいたらしい。カムデヨの体内から出てきた魔石はその魔物の物だと推測されるそうだ。

 西の魔物の縄張り内に争った形跡があったという。


「ただ気になることもありました。どちらの魔物もカムデヨよりかなり強いんです。本来であればカムデヨに負けるはずがない」


 変異したカムデヨなら1対1で勝率は50%。しかしカムデヨは、その魔物に勝って彼らの魔石を取り込んで変異したはずだ。

 だったら、変異していないカムデヨがどうやって彼らの魔石を得たというのか。

 その点が疑問なのだとマルチェロさんは言った。


「今回の出来事は誰かが意図的に手を加えて起こされた恐れがあるということでしょうか」

「ないとは言い切れません。ですが、ここ半年の村への出入り者を調べたところ、馴染みのない訪問者はアントンさんだけでした」


 あれ、アントンさん怪しまれてる……?


「しかしアントンさんは村へ到着してからの6日間、村から外へ出たという記録がありません」


 村は高い外壁に囲まれていて、簡単には出ることはできないそうだ。

 身体強化を使用したとしても強化には限界があり、乗り越えることはできないという。


 だったらジェフリーさんがやった、魔法で足場を作って乗り越えるという方法はどうなんだろうと疑問に思っているとマルチェロさんが説明してくれた。


「仮に魔法で足場を作ったとしても、1度でも見られたら限りなく怪しまれます。そんなリスクを冒すくらいなら最初から村へ入らなければいいんです」


 それはそうだね。じゃあ村へ入る必要があったとして、理由はどういうのがあるだろう? 村人がどう対応するか見たかったとか?


「そもそもの話、良からぬことを実行しようとしている輩は痕跡を残すことを嫌います。出入りがそう多くなく、新顔が目立つ村へ寄って印象が残るようなことはしないでしょう」

「それはそうですね」


 肩を竦めて言うマルチェロさんにアントンさんも小さく笑って肯定した。


「話は変わりますが、アントンさんに聞いてみたいことがあったんです」


 マルチェロさんの話が終わったところでラウレーアさんが話し始め、内容を問われると彼女は口を開いた。

 

「どうやったらバートさんを落とせるでしょうか?」


 まさかの恋ばな!?

 話題転換が鋭角すぎたせいか、全員が無言になる。


「ラウ」


 エルヴィオさんは軽く頭を押さえ、マルチェロさんは制止しようとラウレーアさんを呼んだ。

 アントンさんは少しだけ口角を上げて興味深そうに、ローレンさんは反射的に彼女を見て驚き唖然としているようだった。


「え、じいちゃんのこと好きなの?」

「うん。前々から素敵だなって思ってたんだけど、今回助けてもらって完全に落ちた。あれは反則だよ。騎獣に乗って颯爽と現れて助けてくれた上に、発破をかけながらカムデヨ討伐を手助けしてくれたこともカッコよかった」


 目をキラキラさせながら熱弁した後、頬に触れてうっとりしながら「どうやったら私のことを見てくれるかな?」と言ってほぅと嘆息する。

 その姿はまさに恋する乙女だ。


「そういうわけで、私はぜひバートさんと仲良くしたいんです! 何かこう、商人として培った対人技術で効果的な方法はありませんか?」


 彼へと向き直ったラウレーアさんはこれまでにない熱意の宿った目をしていた。

 アントンさん商人なんだ。ラテルで見た商人は基本的に馬車で移動していたけど、若い人だしまだ馬車がないのかもね。だから大きなリュックを背負っているのか。


 その後、アントンさんはいくつかの助言はできるかもしれないと言った。


「と、言っても僕はバートさんをあまり知りません。だから僕がこれから話すのは、目標としている人物に良い印象を与え親しくなるための手法です」


 そう前置きをしてからアントンさんは話し始めた。


 まず彼はラウレーアさんに「知らない魔物の討伐依頼を受けた時にどうするか」と尋ねた。

 ラウレーアさんが魔物や魔物がいる場所とされている周辺とそこまでの道がどのような状態かを調べると言った。


「そうですよね。まずは調査から始めます。冒険者なら調べる間もなく動かなければならない苦境に立たされることもあるでしょう。ですが、空中を飛び回る敵に剣を振ったところで無意味なように、己を知り敵を知ることで初めて対策が立てられます」


 魔物であれば図鑑や資料から調べることができる。でも、人はそうはいかない。

 じゃあどうするのか、ということで次にアントンさんが投げかけた質問は「指名依頼でとある人物を調べることになった時にどうやって調べるか」というものだった。


 人に分かりやすく伝えることは、実は結構難しい。

 伝える相手にどう話せば分かりやすいかを考える必要があるし、一方的に話し続けても相手の集中が切れる。

 それをアントンさんは冒険者と関係することに例えることで分かりやすくし、質問を交えることで関心を引きつつ一方的に話さないようにしている。


 きっと話し慣れている人なんだろうね。

 これも商人としての経験で培った技術なのかもしれない。


 そして、他者から好感を得られやすい行動や話し方をいくつか伝授してからアントンさんの講義は終了した。


「これらを適切に組み合わせることで相手に好印象を持ってもらえるでしょう。ですが、魔物退治と恋愛は違います。相手へ合わせすぎても自分が苦しくなってしまいます。もちろん、相手を自分に合わせさせるというのも良くありません」


 そう言って彼は微笑んだ。

 話を終える頃にはラウレーアさんは幾分落ち着きを取り戻していた。


「あー……俺が口を出すことじゃないかもしれないけど、じいちゃんと恋人とか夫婦になるっていうのは難しいと思う。じいちゃんたちは本当に仲が良くて、ばあちゃんのことをとても大切にしてたから。今でもたまに、ばあちゃんのお墓の前で寂しそうにしてるくらいなんだ」


 バートさんの奥さんてどんな人だったんだろう。会ってみたかったな。


「そういうところも素敵です。恋人や夫婦は無理だとしても、せめて友人として良好な関係を築きたいです」


 わぁ、凄く前向き。

 ローレンさんも苦笑いしていた。


 やがて私たちは分かれ道へと到着した。


「では、俺たちはこっちなので」

「あぁ、気をつけてな」

「ローレンたちもな」


 そう軽く会話をして私たちは別れた。

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