第060話 村の出入口へ行く
翌朝、私はローレンさんに手綱を引かれて家を出た。
テバサキも一緒だ。
ローレンさんは大きなリュックサックを背負っていた。
町から町への移動には色々と物が必要になる。
寝袋やテントに着替え、食料品や調理器具。
冒険者だったら代えの武器や防具を持っていることもある。
それから考えるとローレンさんの荷物は少ない方だった。
空間収納というような、見た目以上に物を入れられる道具がないわけではない。
実際に見たことはないけど、レスターさんとマルコスが話していたことがある。
そういう魔道具は市場にも出回っているらしい。
ただ、元の容量の2倍から4倍がいいところだそうだ。
それ以上になってくると値がはね上がり、一般人にはとても手が出せないのだという。
というのもそれ以上の効果を持つ魔道具は作ること自体が難しく、必要な素材も貴重で簡単には作れないらしい。
4倍でも十分に凄いと思うけどね。
通りを歩きながら農作業を行っていたり行き交う人たちへ挨拶をする。
「おや、昨日の騎獣じゃないか。散歩……にしては大荷物だね」
「この子の飼い主を探すためにレストーネへ行くんだ」
「そうかい。気を付けてね」
「ありがとう。お土産を買ってくるから楽しみにしてくれ」
「おー、そいつが噂の生き物か。結構迫力があるな」
「見た目は少しおっかないけど大人しいから大丈夫。きっといい飼い主に飼われていたんだろうな」
「そうかもしれないな。飼い主、見つかるといいな」
そんな感じで私はすでに噂になっているようだった。
悪い噂じゃなくて良かったよ。
「よ、アントンおはよう。昨日はありがとな」
食堂のテラス席に知り合いを見つけたらしい。ローレンさんが近づきながら片手を上げて挨拶をする。
「おはようございます。いえいえ、お役に立てたようで良かったです。村から出るんですか?」
椅子に座って本を読みながらお茶を楽しんでいた小柄な少年は、ローレンさんを見て微笑んだ。
肩より少し上くらいまである短い茶色の髪に金色の目。真ん丸な眼鏡をかけていて歳は10代半ばくらい。若いということを抜きにしても小柄で細身だ。
上質そうな白いシャツに濃い茶色のズボン、黒色の上着を着ている。
爽やかイケメンなローレンさんもそうだけど、これまでに結構な美男美女を見てきた。そんな中、アントンさんは素朴な容姿で親しみやすさを感じた。
「あぁ、ラナの飼い主を探すためレストーネへ向かう」
だから晴れてくれて良かった。とローレンさんは微笑む。
「だったら僕もついていっていいですか?」
「それはまた、どうして?」
唐突な同行の申し出にローレンさんは目を丸くした。
「面白そうな体験ができそうな予感がするんです」
人数が多いと不測の事態に対応できるかもしれない。反対に不要な問題を引き起こす原因になることも考えられる。
一緒に行くのか行かないのかどっちの方がいいんだろうね。
「勉強中ではありますが、リーセディアの公用語を読み書きできますよ。読書が好きなので色々なことも知っています。戦闘もそこまで苦手ではありません。旅のお供にどうですか? オススメですよ」
積極的な売り込み。言ってることが本当ならとても心強い。
ローレンさんは少し困った様子で頬を掻いている。
「まぁ、断られても勝手についていきますが」
そう言って彼は小さく笑った。
思った以上に強引なんだけどこの子。
でも確かに、ついて来られたらどうしようもないよね。
「分かった。どれくらいで準備できる?」
断って勝手についてこられるより、了承して一緒に行った方がいいと思ったのかもしれない。ローレンさんは苦笑いしてアントンさんの同行を許可した。
「改めて用意するものはないので5分もかかりません」
「じゃ、村の北の入口で待ってるから」
アントンさんは了承し、私たちは彼と別れて北へ向かった。
門の前にはマルチェロさんたちがいた。門番さんのところでマルチェロさんが村を出るための手続きをしている。
「ドロボー! ドロボー!」
彼らに挨拶をするため門へと近付いた時、テバサキが騒ぎ始めた。
テバサキの言葉に何やら書類を書いていた門番さんが嫌そうな顔でテバサキを見た。
今日始めて見る青年で20代前半ほどに見える。
「泥棒?」
ラウレーアさんが不思議そうに首を傾げる。
「あー……酔ってたスタキーノがテバサキに焼いた肉を見せながら『やる』って言ったのに、あげる振りをして自分で食べたんだ。それからこんな調子で」
苦笑いしてローレンさんは答えた。
「いつまで根に持ってるんだか」
「テバサキのお肉食べた! バカ! アホ! おたんこなす! 土手カボチャ! 大根足! 青野菜!」
青野菜? 青二才の間違いじゃないかな。
やたらと豊富でユニークな罵倒と気の抜ける原因を聞いたラウレーアさんは小さく笑った。
「謝って新しく用意したお肉をあげれば許してくれるんじゃないですか?」
「ヤダ。どうせすぐに忘れるって」
ゲンナリした顔でスタキーノさんが言う。
「そう言ってもう1週間が経ったけどな」
「食べ物の恨みは恐ろしいって言いますよ?」
2人がちらちらと視線を送る。
「サイテー! 詐欺師! 浮気者!」
「なんつー言葉を教えてるんだよ……」
呆れたような目を向けられたローレンさんは無関係を主張するように首を横に振った。
「――キュルケルは求愛としてオスがメスに給餌を行います。手ずからお肉を与えようとして勘違いされたということはないでしょうか?」
背後から聞こえた声に振り返るとリュックを背負って茶色の馬の手綱を引いたアントンさんが立っていた。
彼の発言によってスタキーノさんは片手で頭を押さえた。
「そんなもん知るか」
そして、誰に言うでもなく絞り出すように呟いた。
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