第059話 懐かしい夢と今後の予定

 夕方の人がいなくなった教室。 私も帰らないと、と改札口のカードリーダーに持っていたカードをかざす。

 しかしゲートはブザー音を鳴らして開いてくれなかった。


「どうしたんですか?」


 声が聞こえた方を見るとカウンター越しに職場の後輩である高山くんがいた。


「ごめん、何か出られなくて。どうしたらいいかな?」


 カードをカウンター越しに提出する。


「あぁ、出口が間違ってますね」


 そのカードを見た高山くんに言われて横を見ると私が出ようとした改札口とは別の改札口があった。

 入ったところじゃないところから出ようとしちゃった?


 恥ずかしく思っていると高山くんが何か紙を書いている。


「これを提出してください」


 そう言って渡された紙には8桁ごとにハイフンで区切られた24桁の数字、改札を通ったらしい時間と出ようとした時間、金額らしい4,400、最後の列には「軍事相談口へ」という言葉が書かれていた。


「こんなに数字書かないといけないんだね。出た教室と時間だけ伝えればいいかと思ってたから書いてもらって助かったよ」


 私は紙を受け取った。


 気が付くと昇降口にいた。待たせてしまった妹を探して合流する。


 妹と合流して帰ろうとなった時、持っていた傘の傘部分がないことに気が付いた。

 傘のように曲がった持ち手がついているだけの木製の棒だ。

 私が持ってきた傘じゃない。

 それとも傘の部分だけどこかに落とした?


 傘は妹からもらって気に入って使っていた傘だ。

 ちゃんと荷物は4つあることを確認したのに、何で間違ったんだろう。


 探しに行きたいけど、また妹を待たせてしまう。それに傘をくれた本人がいる前で間違った傘を持ってきたとは言いにくい。

 どうしよう?




 扉の開く音で目を開ける。バートさんとローレンさんが部屋へ入ってきた。


 ちょっと休もうと思ったら寝ちゃってたか。

 何とも懐かしい夢を見た。


 何で教室に改札口があるのかとか、軍事相談口って何事だとか、傘の部分のない傘ってそれもう杖でしょとか、突っ込みたいところは色々ある。まぁ夢だからね。

 それよりも、夢とはいえ懐かしい顔を見れたのは嬉しかったし、少し切なかった。

 みんな、元気にしてるかな?


「眠ってたのか。起こして悪いな」


 部屋に入ってきたバートさんが近づいてきた。

 欠伸したいけど尖ってる歯は見せたくないので我慢する。


「ラナ」


 バートさんに呼ばれて私は立ち上がった。


「お前さんの名前はラナなのか」


 彼に近寄り嬉しくてクルクル鳴いていると彼は私を撫でてくれた。


「と、なるともう1つの言葉は『ラテル』で合ってそうだな」

「リーセディアにある町の名前だろ? でも何でラナの足輪に?」


 誰から聞いたのか分からないけど、その人には文字が正しく読めたようだ。感謝しないとね。


「はぐれたか、誰かに盗まれたのを自力で脱出したかだろうな。ただ、盗まれたにしちゃ警戒心が弱い」


 これでも警戒はしてるよ。

 地下室だったり檻の中に入れられそうになったら抵抗して逃げるつもりだったんだから。


「ラテルの領主か領主と関係のある貴族なんかの騎獣だったんだろう。野生特有のギラつきがなく、人に良く馴れてる」


 皆に愛されて育ったからね。イイコイイコされてきたよ。

 騎士団に所属しているから領主様と関係があるってことでいいのかな。


「他国のお偉いさんがこんなちんけな村へ来るとは考えにくい。何か起こってはぐれた後、この辺りへ迷い込んだんだろう」


 確かにはぐれたと言えるけど、転移魔法に巻き込まれたらしいという事故っぽいんだよね。

 私を狙ってってことあるのかな? でもそれだと、森じゃなくて檻の中へ転移させた方が安全だし確実じゃない?


「どちらにしてもその飼い主が単独で移動したとは思えない。護衛や世話役を連れた貴族様のご一行だとすれば、1つの町へ留まるには限界がある。食費にしても宿泊費にしても金がかかる。金銭面には余裕があったとしても、別の貴族との対談だったりで予定があるだろうしな」


 何だっけ。日本史でもあったよね。大人数で江戸へ行って帰ってくるっていう制度。

 何かのテレビ番組で、町では厳かにしていても道中は急いでいたとか言ってたっけ。

 それを再現したイラストがちょっとお間抜けで妹と「すっごい早足」とか「超急ぐじゃん」とか言って笑ってた。

 

 バートさんも言ったように、時間をかけるとその分お金も食料も必要になるからだったかな。

 移動する人数が多くなると大変になってくるのはこの世界でも変わらないんだろうね。


「じゃあ早くしないとラナの飼い主がどこかへ移動するってことか」


 バートさんがローレンさんの肩へ手をポンと置く。


「あぁ、だからカムデヨの件も気になるが、お前にはラナを飼い主へ届けることを頼みたい」


 ローレンさんはバートさんを見つめた。


「じいちゃん……俺がいなかったら後はルチアーネさんだけどうにかすればいいって思ってない?」


 悲しいかな。その視線はとても懐疑的なものだった。


 それが図星だったのかはともかく、時間が過ぎるほど面倒なことになるのですぐに私の飼い主を探すということになった。ローレンさんが私を連れてレストーネという町で聞き込みをしてみるそうだ。


 町で聞き込みしても無意味だろうね。

 どれくらい離れているか分からないけど、電話のように遠くてもやり取りできる道具でもなければまだ情報が届いていないんじゃないかと思う。


「もし飼い主を見つけられなくても、手紙を送って知らせればいい。見てもらえるか分からんが」

「ラテルへ直接行くっていうのは馬でも10日以上かかるんだよな?」

「順調かつ休まず走りながら駿馬を乗り捨てて10日だろうな」


 運があって全速力で10日ってことね。無理せずに進むならその倍くらいかかる計算でいいかな?

 距離感がいまいち掴めないけど遠いのは分かった。


 そんな距離を一瞬で移動させられるってどういうこと?

 新幹線もびっくりだね。


 そもそもの話、一体何が起こったんだろう。ここへ飛ばされるきっかけになった魔法は馬車の中で発動していた。人の反応はなかったから魔道具があったんじゃないかな。

 魔道具ってどんな仕組みか知らないけど、魔法陣が刻まれているならエリックさんに解析してもらえるかもしれない。


 ロレットラリッサの件が落ち着いてから、エリックさんはラテルに留まっている。

 そして、マルメに張り付かれる日々が始まった。


 庭で寛いでる時もお出かけの時も見回りの時もずーーっとついて来ていた。

 あー、これは観察されてるわ。って思ったよね。


 移動させられることになった時もマルメに張り付かれてたからすでにエリックさんには伝わっているだろう。

 ずっと観察するくらいに興味を持たれているなら、ドルフたちと協力して私を探してくれるかもしれない。


「ラナをレストーネへ連れていくのはいいが、珍しいから盗まれないように注意が必要だ」


 私も注意しないとね。

 檻にでも入れられたら壊せる自信がない。そもそも檻に入れられたらことがないから脱出できるか試したこともない。


「ラナ自身についても、本来ディナルトスは獰猛で狡猾な肉食獣だ。油断はするなよ」


 バートさんはとても真面目な声音で言った。

 しかしその手は私の頭を撫でていた。


「……ラナを撫でながらじゃ説得力がないよ、じいちゃん」

「……一般的なディナルトスを知っていると、どうしてもラナの反応が可愛らしくてな」


 ばつが悪そうにバートさんは言う。

 撫でられてる間、私はクルクルと鳴きながらバートさんの手にすり寄っていた。


 撫でられることが好きなんだからいいじゃない!


「言いたいことは分かった。俺自身も含めてラナに人を襲わせないようにする」


 苦笑した後、ローレンさんは力強く頷いた。

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