第031話 騎士寮の様子

「表示、β《ベータ》サン」


 エリックさんが声を掛けるとマルメが目を閉じた。マルメに繋がっていた魔糸の1本に流れている魔力が多くなり、その魔糸の先には騎士寮があった。

 マルメが目を開け、白い光を放つ。その光の中には閉じられた窓が映り、奥に部屋が見えた。

 それはまるで、カメラで撮られた映像がスクリーンに表示されているようだった。


 床には倒れたジナルドの姿があった。なぜか髪や顔、服が濡れている。

 まさか、血!? と思ったけど赤くはないし、服も破れていない。見たところ外傷はなく、呼吸はしているものの目は閉じていて意識はないようだった。

 近くには金属製のホイッスルが落ちている。


 そして、うつ伏せになっているジナルドの右腕にはもう見慣れてしまった4本の線があった。


 リステラ症候群。


 その言葉が私の脳裏に浮かんだ。

 でも、リステラ症候群にしてはこれまでの情報と食い違いが多すぎる。


 リステラ症候群が発症するタイミングは夜。発症する対象も子どもや老人、不健康な人、最後に健康な人、ということだったはずだ。

 今は朝でジナルドも騎士として訓練を行っており健康なはずだ。


 一体、何が起こったんだろう。

 少しでも何か分かることがあれば、と私はマルメが映す映像をじっと見た。


 椅子が倒れているけれどそれ以外に室内で争ったような形跡はない。

 机の上にはいくつかの書類があった。ベッドの近くにあるサイドテーブルの上には水差しとコップ、それにお皿が置かれている。どれも空でお皿にはフォークが乗っていた。


「映し出されているのは現在の状況です」


 突っ込みたいことは色々あるけど今は映像だ。

 自分にそう言い聞かせて映し出された映像の観察を続ける。


 マルメの映す映像が勢いよく窓に近付いた。

 一瞬画面が暗くなり、つんざくような音が聞こえた。明るくなったと思ったら映像は部屋の中を映していた。そしてぐるりと部屋を見回す。


「何ですかあれ!?」

「スライム? だが魔石が見当たらない。そもそもどこから現れた?」


 開けっ放しになっていた廊下へ繋がる扉からそんな声が聞こえてきた。

 ザックとカイルだ。


 映像は前進し部屋から出て声のした方へと振り向く。


 廊下には人の形をした水の塊が立っていた。大きさも成人男性くらいある。

 パッと見は人の形に見えるけど体の線は真っ直ぐではなく、表面が緩やかに波打っている。それは子どもが作った粘土で作られた人形のように歪で、手らしきものはあっても指は見当たらない。

 当然、服も着ていなければ顔もない。


 それを形作る水は透き通っていて、その水を通して奥に居るカイルたちが見えた。

 カイルは大盾の後ろにいて頭だけを出して警戒している。後ろにはザックがいて弓を引き絞っている


「何かキモいのが出てきた!」

「召喚獣です。この子を通して状況を見ています」


 ザックがそう言ってマルメに矢を向けた直後、エリックさんはその場に居るかのように話した。


「ジナルドは大丈夫なのか?」

「リステラ症候群になっているようです。眠っており右腕に印があります。それ以外に外傷らしきものはありません」


 マルメには声を伝える能力もあるようで、カイルは戸惑った様子を見せながら問いかけた。端的にエリックさんが返答する。

 ジナルドの安否が分かり警戒は続けながらもカイルは安心したように息をついた。


 顔がないので気のせいかもしれないが、人型ヒトガタ水塊すいかいはカイルたちを見ているような気がした。


「あー……こっちの言葉は通じているか? ここで何をしている? 人々を眠らせているのはあなたか? 目的は?」


 話しかけた!?


 警戒していることは伝わるものの、敵意は感じない穏やかさがあった。

 対話の大切さは分かるけどこの状況で話しかけるカイルの度胸に驚いた。


「……言葉、通じるんですかね?」

「扉を開けるほどの知能があるんだ。通じる可能性はある」


 人型の水塊は話しかけられても何も答えなかった。


 やがて、動き始める。

 ゆっくりとした動作で廊下にある窓の方へと向く。

 かと思うと胸辺りから太めの魔糸が伸び始めた。


 方向は町の中心、上空にあるだろう魔力の糸玉へと向かっている。


 何だろう、凄く嫌な予感がする。

 良く分からないけどまずいでしょ!


 私はウィルたちを見えない結界で囲ってから騎士寮へ向かって走り出した。


「どうしたラナ!」


 ウィルが追いかけて来ようとして結界に阻まれた。


「これは、結界ですか?」


 エリックさんの少し驚いたような声が聞こえる。

 状況的に私が結界を張ったことはバレるよね。だからと言ってじっとしているなんてできなかった。

 できれば隠したいことだけどそうも言っていられない。


 人型の水塊は明らかに何かをしようとしている。

 このリステラ症候群を解決してくれるなら万々歳だけど、それは希望的観測すぎる。


 最初は魔糸の動きはゆっくりとギクシャクしたものだったのに、少し経った今は迅速かつ滑らかに糸玉の方向へと伸びている。

 可能な範囲で人に結界をかけながら走った。


 ドルフに追いつく。

 人型の水塊から伸びた魔糸が探知魔法の範囲から外れる。

 並走していたドルフが私に乗り騎士寮へと入る。

 階段を駆け上がる。

 探知魔法の範囲内にある魔糸が黄色になる。

 2階の廊下を駆ける。

 カイルたちと人型の水塊、私たち自身を結界で囲う。


 直後、全ての魔糸が赤に染まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る