第030話 緊急事態勃発
ホイッスル音はピーーー、ピッピッと3秒ほど長く鳴った後、短く2回鳴った。
音は騎士寮の方から聞こえた。
場の空気がほのぼのとしたものから緊迫感のあるものへと変化する。
ウィルから微笑みが消えて引き締まった表情になり、リオルさんは私を撫でる手が止まって驚いたように目を丸くしている。2人ともが騎士寮の方を見ていた。
途端に慌ただしくなりお城からも武装した騎士たちが出てくる。
騎士寮を取り囲み、お城の周辺にも散らばりっている。敷地内に入るための門も閉じられた。きっと裏門も同じだろう。
お城の出入口の警備人数も増えている。
「この音って……」
「あぁ、緊急時の笛だ。この鳴り方は『侵入者がいる』という意味だな」
そんな緊急時の笛が騎士寮から聞こえるってどういうこと?
不安に感じながら私は探知魔法を発動させた。騎士寮まで範囲を広げてみる。
複数伸びた魔糸。その中の1本が赤くなっていた。
え、と思ってその赤色の魔糸の先を確認する。
マーカーにはジナルドの名前が表示されていた。
嘘。待ってどういうこと?
ジナルドがリステラ症候群になった?
しかも『侵入者がいる』ということは、リステラ症候群を起こせるような人が入り込んでいるということだよね。
そして、その人にジナルドはリステラ症候群にされた。
「リオルくんは城の中へ。私はラナたちを小屋へ戻してから動く」
ウィルの言葉、リオルさんの返事が聞こえる中で立ち尽くす。
ウィルが指笛を吹く。小屋へ戻れという指示だ。
食事を終えたガルたちが小屋へと向かっている。
我に返った私は指示に従わずウィルに向かって鳴いた。手伝えることがあるかもしれない。あるなら手伝いたいと訴えかける。
探知魔法に侵入者らしき反応があった。
その反応は明らかに異質で、人間でも魔族でもなかった。そもそも生物なのかも分からない。一応は人の形をしているし、ひとまずは生物ということで考えることにした。
魔力は体の全体から反応が返ってくる。なのでその人の輪郭が分かる。魔族はその輪郭の中に魔石の反応がある感じだ。
で、何が異質なのかというと、まずは輪郭。人の形はしているけど歪んでいるし、何なら緩やかに変化し続けている。何かの形に変化しているというよりは、体の輪郭全体が穏やかに波打っているような感じだろうか。
次に膨大な魔力量。私の持つ魔力の倍はありそうだ。
そんな危険生物がジナルドの部屋の外、廊下に立って居た。
幸いなことに今はじっとしている。
でも、いつ動き始めるか分からない。
何か起きた時に対応できるように、少しでも騎士寮へと近づいておいた方がいいかもしれない。
「ラナ、大人しく戻ってくれないか?」
「……あの、手伝えることはありますか?」
ウィルは私の首を撫でると困ったように微笑みながら同じ指示を出した。
リオルさんも城へ入ろうとするのを止めて戻ってきてしまった。
騎士寮へと近づきたくても警戒している騎士たちがいる。駆け出したとしても捕まってしまいそうだ。騎士たちを結界に閉じ込めたら近づけるとは思うけど、いざという時に彼らが動けなくなってしまうかもしれない。
邪魔になるくらいなら戻った方がいいんだろうかと考えていると、お城の3階にあるバルコニーの扉が開いた音が聞こえた。
次いで聞こえてきたのは誰かが駆ける音。それはバルコニーの端まで続き、ひと際大きな音を立てて聞こえなくなる。
数秒後、空から降って来たドルフとエリックさんが私たちの目の前に着地した。
2人とも受け身や五点着地すらしていない。身体強化をしていたら魔力の反応もあるんだけどその反応もない。
ドルフはともかく、エリックさんは何で平気なんだろう。この世界の人間も地球の人間と体の強度はそう違わない印象なんだったんだけど。
「驚かせないでください」
ウィルは突然現れた相手に剣を向けたが、それがドルフとエリックさんだと分かると剣を下ろした。
リオルさんは小さく悲鳴を上げて後ろに転んでいた。
「エリック殿、まだ状況が分かりません。緊急時を除いて指示がない限り騎士寮へは近づかないでください」
「承知しました。様子を見つつどう動くか決めます」
2人とも驚かせたことを謝ってからそんな会話をした。
「ラナはどうかしたのか?」
「小屋に戻ってくれないんだ」
「それなら自由にさせてやってくれ」
指示もそこそこにドルフは槍を持って騎士寮へと向かって行った。
「では様子を見ましょうか」
そう言ったエリックさんは右手の平を胸の高さほどに上げて手を開いた。
その手に魔力が流れ、複雑そうな魔法陣が浮かび上がる。
そして、魔法陣から何かが飛び出してきた。
見ると一つ目で蝙蝠のような生き物が飛んでいた。蝙蝠というのも違うかもしれない。蝙蝠のように飛膜で飛んでいるけど、体は丸くて耳や口らしきものは無く、目しか見当たらない。端的に言うのであれば、テニスボールくらいの大きさをした目に蝙蝠のような飛膜が生えて飛んでいる何かだ。
うん、正直に言うと凄く不気味。
しかも、細い魔糸が何本も繋がっている。流れている魔力は多くないし、糸玉に繋がっているわけでもない。
「……それは?」
「マルメと言います」
聞きたいのは名前じゃない。
困ったように目尻を下げるウィルと私の心の声は一緒だったんじゃないかと思う。
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