第029話 庭でのひと時

 翌日、小屋の扉が開くと外は暗かった。

 外に出て空を見上げると分厚い雲に覆われていた。

 この天気なら普段は庭に出されることはない。今は雨季に入ったこともあって雨が降っていない時は庭に出されることが多かった。

 それに小屋は開放されていて雨が降ってきたら戻ることもできる。


 近寄って来たルナの体に顔をうずめる。

 柔らかくて温かい。凄く癒される。


 それはそうと魔糸なんかの情報はどうやって伝えよう?

 地面に絵を描いてみる? いやいや、魔物がそんなアホな。……でも、地球でも絵を描く象とか居なかったっけ?


 ありかもしれない。

 飼育当番はいるけど幸運なことに今日の担当はマイペースなウィルだ。カロットじゃなくて良かった。ウィルなら彼の目を盗んで描くことはできるだろう。

 描くとしても、町の上空にある魔力の糸玉に繋がっている太い魔糸の方向くらいかな?

 今伝える必要のある情報かどうかということだけど、その方向へ行ってみるという選択肢の1つになる可能性があるから早い方がいいはずだ。調べるかどうかは偉い人が判断することだし、伝えるだけ伝えておこう。伝わるかは分からないけどね!


 ウィルが近くに居ないことを確認してから爪を使って地面に線を描く。

 前にドルフから見せてもらった地図を参考に、森や山、湖なんかの地形の境目に線を引いてラテルの場所に円を描く。その円から太い魔糸が伸びている南東へと線を引いて先端を矢印の形にした。あとは描いた地図を四角に囲う。見せてもらった地図に書いてあった方位記号っぽいのも忘れずに描いたので地図だと分かってもらえるはずだ。

 絵心は無かったけどこれくらいなら描けるね。爪が鋭くて良かった。


 私は地図の出来に満足するとその場を離れた。


 庭の端に座る。ついて来ていたルナがコロンと私の隣で横になった。

 爪で傷つけないように注意しながら私はルナのお腹を撫でた。


 ガルとグルは競争していて、ギルはそれを眺めながら寝転がって寛いでいた。


 そんな感じで私たちは自由時間を過ごした。


 しばらくしてから城の扉が開く音が聞こえた。

 時間帯的に朝食だろうな。音がした方を見るとエサ皿を持ったウィルとリオルさんが居た。


 何でリオルさんが?


 基本的に私たちの飼育当番は騎士たちが持ち回りで行っている。

 馬ならともかく肉食獣だからね。馬でも蹴られたら危ないけど。


 緊張なのか恐怖なのか、リオルさんの動きと表情が硬い。


 そんなリオルさんを余所にエサ皿を見たギルが嬉しそうに彼らの元へと駆けていく。

 硬直したリオルさんを庇うようにウィルが彼の前に立った。ギルが来る前にエサ皿を地面に置く。ギルは置かれたエサ皿の中に入っているお肉に食らいついた。


 そのままギルに背中を見せないよう2人はその場を離れた。

 ガルたちの方を見ればまだ競争をしているのかそれとも2戦目なのか、割と全力で走って2人の方へと向かってきていた。

 ガルとグルに対してもギルの時と同様にウィルが対応する。


 さてそろそろ、と私はルナの前に頭を突き出した。

 頭に軽い衝撃とふんわりとした至福の感触。ルナの体温も心地良い。


 私は頭の上にルナを乗せたままのんびりと歩いて近づく。

 ウィルがリオルさんの前に立つことなく、エサ皿をリオルさんに渡すと2人は私が来るのをその場で待っていた。


 ある程度近づいてから立ち止まってリオルさんの様子を見る。

 リオルさんの視線は私の顔よりやや上。私の頭の上にいるルナを目を丸くして見ていた。


「まぁ、驚くよなぁ」


 そんなリオルさんを見てウィルが笑っていた。


「その兎はルナ。ラナの友達なんだ」


 そう説明してウィルはルナの頭を撫でた。


 おっとこれは? リオルさんと仲良くなるチャンスなんじゃない?


 じっと見つめながらゆっくり近づく、というのは怖いみたいだからアプローチ方法を変えてみよう。

 様子は見るけど凝視はせず、余所見をする。かがんでゆっくりと近づくのではなく、そのままの状態で少し近づいては止まる。

 ゆっくり近づいた時も顔色次第では止まるつもりだったんだけどね。それよりもリオルさんがこける方が早かった。


 さて、この距離にはそろそろ慣れてもらえたかな?

 しばらく止まってから近づくということを繰り返す。


 手を伸ばせば届くという距離まで近づくことに成功した。

 彼の顔は引き攣っているがなんとか大丈夫そうだ。


 ゴクリと生唾を飲み込んだと思うと彼は持っていたエサ皿を両手で私の前に差し出した。

 私は頭のルナを落とさないように気をつけエサ皿へと顔を近づければ、リオルさんはエサ皿を傾けてくれた。私はエサ皿に入った切り分けられたお肉を食べた。


「仲良くなれそうかい?」

「……ラナなら大丈夫そうな気がします」


 あ、もしかして昨日ドルフに仲良くしてくれって言われたから? 「努力します」って言ってたもんね。

 もしそうだったら凄く真面目な人だ。


「それは良かった。彼女が食べ終わってから撫でてみる?」

「……はい」


 エサ皿を地面に置いた後、リオルさんは熟考してから頷いた。

 食べてる最中でもいいよー。と思いながらも、ガルたちは食べている最中に触られることを嫌うからそれが正しいんだろうね。特にギルは食べることが好きだから邪魔されると超絶に機嫌を悪くする。


 いつもの感じでお肉をいただいた後、エサ皿から顔を離した。

 リオルさんと目が合う。


「驚かせないようにゆっくりと手を伸ばして首を撫でれば良いんですよね?」

「あぁ、急に動いたり大声を出したり、背中を見せないようにね」


 彼は私をじっと見つめたままゆっくりと深呼吸をした。そして右手を伸ばして私の首を撫でる。

 もちろん、私は大人しくしている。


 リオルさんの表情が柔らかいものになった。


「よく見ると可愛いですね」


 ごめん、その感性は良く分からない。でも克服してくれたのなら嬉しいな。


 そう思いながら撫でられていると、高音のホイッスル音が辺りに響いた。

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