第032話 不可思議な水塊

 バタバタと何かが倒れるような音が辺りから聞こえる。


 窓から外を見れば、門番や町の人たちが地面へと倒れていた。

 それも、結界で囲い切れなかった人たち全員だ。


『なぜぬしらは起きている?』


 そんな言葉が人型の水塊から聞こえてきた。

 口は無く魔力の反応があったので魔法で発したようだ。

 若い女性のような声だった。


 彼女から発せられたのは聞いたことのない言葉だった。それでも意味として理解できたのは、便利ではあるけど仕組みが分からない謎能力の1つのおかげだろう。なお、動物や魔物の鳴き声や文字なんかは適用外らしい。ディナルトスの鳴き声は分かるんだけどね。


 言語についてはともかく、その言葉によって人型の水塊が意図して人々を眠らせていることが確定した。

 何の目的でこんなことを?


 それに内在している魔力は最初よりもかなり減っている。それでも魔族並みの魔力が残っている。

 また何かしてくるかもしれない。

 幸いにもドルフたちは倒れていなかった。

 繋がっていた魔糸が結界によって遮断もしくは切断されたらしい。


『どうしてこんなことをするんですか?』


 人型の水塊の言葉を意識して話しかけてみたけど返答はない。

 うん、期待はしてなかった。ディナルトス以外に私の言葉が通じたことはないからね。


 どうするべきかと考えていれば、人型の水塊が体の一部を触手のように伸ばしてきた。

 その動きは俊敏で、槍を突き出すかのようだ。


 ザックが魔力を込めて矢を射る。矢尻が触手に接触した途端、込められた魔力が弾けた。良く見れば矢が刺さった触手の一部が凍っている。

 しかし触手の動きを止めるには足りない。


 触手を遮るように結界を張る。

 1枚ではなく何枚も重ねた。


 触手が触れた瞬間、シャボン玉が割れるかの如く結界は消えてしまった。

 秒も持たないとか酷くない!?


「下がれっ!」


 カイルがザックに指示を出し、自身は前に出て盾を構える。ザックは今以上に後方へと移動した。

 触手がまるで蛇のようにうねって盾を迂回して、カイルの頭に当たった。

 触手の強度は高くなかったようで、形を保つことができずに飛沫となって床に降り注いだ。

 傍から見れば、カイルが頭から水をかぶったかのような状態に見えるだろう。


 でも私の目にはカイルを魔糸が絡めとるところが見えた。

 魔糸の色が変わる前にカイルを結界で囲った。

 だけど、先ほどのようにはいかなかった。


 カイルを囲おうとした結界は魔糸に触れた瞬間、豆腐を糸で切るように切断されて消えてしまった。


 魔糸の強度が増している。

 カイルに絡まった魔糸が黄色になった。


 早く何とかしないといけない。

 頭では分かっているのに何も行動できなかった。


 直後、ドルフからの指示を受けて私は自然に走り出していた。

 人型の水塊へと向かって。


 逃げないの!?


 と、走り出してから思ったよね。

 日々の訓練の賜物かな。考えるよりも先に体が動いてたよ。


 目標はもう目の前。

 今から逃げたとしても相手に隙を晒すことになってしまう。

 駆け抜けるしかない。


 人型の水塊が新たに触手を作り始める。

 それが形になる前にドルフの槍が人型の水塊を左右に切断した。

 水塊を切るなんて、と思ったけどドルフの槍には魔力が通っていて刃先へと流れ込んでいた。恐らくただの槍ではないんだろう。


 けれどもそれは、未だにうごめき1つに戻ろうとしている。


 氷が溶け出すように魔力は分散し続けている。2つに分かれてからはその速度は上がった。

 それでもまだ多い。


 ドルフが槍を横に振る。水塊はさらに小さくなった。

 しかし、水塊のいくつかが合わさってツララのように尖り向かってくる。


 ザックの矢が連続で3本刺さった

 けれどツララの勢いは衰えない。

 結界でも防げず、かわすにも間に合わない。

 ドルフはそれを切るつもりなのか槍を構えている。


 とっ、と軽い衝撃が頭にあった。


 目の前にはルナの背中が見えていて、目前にまで迫っていた水のツララに当たっていた。

 パシャっと音を立てて水を被ったルナが地面に落ちていく。


 水塊の動きが止まった。正確に言えば波打ってはいるんだけど、こちらに何かを仕掛けてくる気配がなくなった。

 魔力もかなり減っているので取れる手段が減ったのかもしれないし、他に要因があるのかもしれない。


 理由は分からないけど、止まっている間に水塊はさらに小さく切られた。

 そしてついに形を保っていられなくなったのか、水塊は床へと落ちて水溜まりとなった。


 ドサッという音が後方から響き、振り返るとカイルが倒れていた。

 彼に絡みついていた魔糸は赤色になり、ルナにもまた、赤くなった魔糸が絡みついていた。


 ドルフは水塊が消えても冷静に警戒した様子で周囲を見回した。


「カイル!」


 周辺は不気味なほど静かで、姿を現さない水塊にようやく振り返ってカイルへと声をかけた。ザックがカイルを支え起こしたものの、彼は固く目を閉じていた。私はルナをくわえてカイルの元へと向戻った。


 私から降りたドルフがカイルのことを調べる。

 床に倒れているカイルは昏睡状態で穏やかに呼吸をしている。そして右腕には4本の線があった。


 ドルフはそれを確認した後、私の方へと手を差し出した。


 くわえていたルナを彼に渡す。

 ルナも眠っていて、その小さな右前足には4本の線があった。


 ルナだって動物だ。これまで魔糸は繋がっていなかった。

 なのに、今は繋がっていてリステラ症候群を発症している。


 リステラ症候群は、動物は発症しないのではなく対象から外されていただけなんだらろう。


 あの水塊は消えた。でも魔糸は未だに残っておりそれを流れている魔力も健在だ。

 これで終わったとはとても思えない。


 起こそうとはしているものの、どちらも目を覚ます様子はない。


「我々もそちらへ行って構いませんか?」


 廊下の先に飛んでいたマルメが近くまでやって来たと思うとエリックさんの声が聞こえた。


「まだ安全であるとは言えませんが、それでも構わないのであればどうぞ」

「では、伺います」


 程無くしてエリックさん、ウィル、リオルさんがやって来た。

 ドルフも含めて誰にも魔糸は繋がっていない。


「一体何が起こったんだ」

「今からそれを調べるんだ」


 動揺した様子を見せるウィルに対してドルフは毅然きぜんとした態度で答えた。

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