第023話 不穏な気配

「調子はどうだ?」


 前のお出かけから3日が経った。

 庭での自由時間。ドルフとカイルがやってきた。

 グルが散歩だ! と嬉しそうに駆けてくる。

 いつもより遅めの時間帯だけどお出かけできるなら私も嬉しい。


 ドルフに体を撫でられながら、元気だよと返事をするように私は短く鳴いた。


「元気そうだな」


 そう言うドルフは声には疲労が滲んでいて何だか疲れているようだった。

 こころなしか毛の艶も無い。


「グルも元気いっぱいだな」


 近くまで来たグルの顎の下を指で掻いているカイルを見る。

 カイルは普通そうだ。


 どうしたんだろうと思いつつ、私とグルは2人に従い散歩の準備をする。

 と言っても大人しく手綱を付けられるくらいなんだけどね。


 お城から出て手綱を引かれながら通りを歩く。


 町の様子も何だかおかしい。

 普段とは違って活気がない。どうにも静かだ。

 本の祭りも開催中のはずだし、普段よりも活気づいているはずなのに。

 少なくともここ何年かは盛り上がっていた記憶がある。


『何か変だね』


 グルも町の雰囲気がいつもと違うことに気が付いているようだった。


 聞き耳を立てるため耳に意識を集中する。


 人の歩く音、扉が開いた音、窓の閉まった音、それから様々な声がする。


「……今日もだ。今日はダリルのところの兄妹が」

「……ムートのところなんて生まれて半年の赤子だぞ」

「……クレアのところは下の2人だ」


 そんな会話が聞こえた。

 声には悲壮感と諦観が滲んでいる。


 どう考えても何か起きてるじゃない。

 年齢は分からないけど子どもが対象らしい。


 少しでも情報を得ようと彼らの会話に耳を傾ける。


「……症状は?」

「……同じだ。右腕に4本の線が現れる」

「……警戒はしていたんだろ?」

「……子どもと手を繋いでずっと横で見ていたらしい。だが、駄目だった」

「……領主様は何て?」

「……現在調査中だと」


 症状と聞いて病気の類かとも思ったけど、線が現れるって何? 発疹とかならまだ分かるけど。


『あれ? あの子が居ない』


 グルの言葉に彼の方を見る。視線の先には20代後半ほどに見える1人の女性が立っていた。

 女性は買い物かごを手に並べられた野菜を見ている。


 彼女のことは私も知っている。

 町が襲われた時、魔物に襲われるところだった女の子をガルとグルが助けたらしい。

 その女の子の母親だ。


 魔物から庇うように女の子の前に立ったというグルに女の子は懐いていた。

 たまに会った時には、母親に抱えられてグルの頭を撫でるという光景を何度か見た。

 グルの方も特に嫌がることはなく女の子に撫でられていたので微笑ましく思っていた。


 母親が買い物をしている時、女の子はいつも一緒に居た。

 なのに、今はその女の子の姿が見えない。


 母親は私たちの進行方向に居たため、そのまま彼女の近くまで行くことができた。

 足音で気が付いたのか、彼女が私たちの方へと振り返る。

 彼女の顔色はあまり良くなかった。


 ドルフとカイルが会釈をして彼女の前で足を止めた。

 グルが女の子を探すように周辺を見るもやはり姿はない。


「……その、エミリちゃんは?」


 カイルがおずおずと言った様子で尋ねると彼女はゆるゆると首を横に振った。


「確認させていただいても?」


 頷いた彼女に私たちはついていった。

 一軒家に到着し、家に入って少ししてから彼女がエミリちゃんを抱えて出てきた。

 エミリちゃんは目を閉じていた。呼吸はしているから眠っているだけのように見える。


 グルが眠っているエミリちゃんの頬に顔を擦り付ける。

 しかしエミリちゃんは特に反応しない。


「失礼します」


 カイルがエミリちゃんの右腕の袖をまくる。小さな右腕には青色の4本の線が等間隔で並んでいた。右から左へなだらかに上がる線は、手首の内側から外側へ進むほど左へ伸びる線が短くなっている。


 何だろう。

 探知魔法で何か調べられればと発動してみる。


 エミリちゃんは強い魔力に包まれていた。右腕の4本の線からはそれ以上に強い魔力反応がある。

 それからその4本の線の中心にまるで糸のような細い線で魔力が繋がっている。


 何らかの魔法でエミリちゃんは起きないような状態になっているのかな?

 ただ眠っているだけなら、これほど深刻な空気になっているのはおかしい。

 でもなぜ? 誰が何のために?


 ひとまずは魔力の糸がどこへ伸びているのかを調べるため、探知魔法の範囲をエミリちゃんから広範囲へ変更した。


 ……いやいやいや、ちょっと待って。

 あっちこっちから魔力の糸が伸びてるんだけど!?


 そう、魔力の糸はエミリちゃんだけでなく、彼女のお母さんやドルフにもカイルにも繋がっていた。

 それどころか、探知魔法範囲の人々全員だ。


 脳内マップに反応が浮かぶイメージなんだけど、もっと分かりやすくならないかな。

 こう、目に見えるようになればいいのに。


 そんなことを考えてから瞬きをすると、次の瞬間には魔力の糸が見えるようになっていた。


 あら不思議。


 正直、都合が良すぎてちょっと怖いほどだ。


 そして脳内マップはそのままだ。

 脳内マップだけの時よりは魔力の消費が増えている。

 原理は謎だけど使えるものはありがたく使わせてもらおう。


 改めてエミリちゃんやドルフたちを見る。


 エミリちゃんとそれ以外の魔力の糸には違いが1つあった。

 それは魔力の量だ。

 エミリちゃんへ繋がっている魔力の糸には強い魔力が内包されている。


 魔力の流れを整理しよう。どこからか伸びている魔力の糸が右腕の4本線の中心に繋がっていて、その右腕の4本線が何らかの魔法を発動しているようだ。その魔法がエミリちゃんの全身を包んでいる。


 魔力の糸はコードのような役割をしているんじゃないだろうか。コードでは電気を流しているけど、魔力の糸は魔力を流している。


 それなら魔力の糸を切ってしまえば魔法の効果が切れてエミリちゃんは目を覚ますのでは?

 そう思ったものの、パソコンを思い浮かべてその考えは捨てた。パソコンを正常にシャットダウンせず、コンセントを引っこ抜いて電源を切るなんてやってはいけないことだ。壊れる原因になる。


 パソコンでさえそうなのに、人にかかっている魔法を強制的に断ち切るなんてどう考えても危険だ。


 まだ情報が足りない。今の状況で考えていても仕方ない。

 私は新たな情報を得るべく、魔力の糸がどこから伸びているのかを目で辿ることにした。


 糸の先、町の上空には巨大で糸玉のような魔力の塊があった。

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