第040話 森を進む

 私たちは森の中へと入った。

 探知魔法も広めに設定しておく。


 森は誰にも整備されていないようで真っ直ぐに走ることすら難しい。木の根が地表に露出している場合もあり、下手をすれば足を引っかけそうだ。


 森自体は前にも通ったことがある。玄人くろうとの森だっけ? クロートだっけ?

 ともかく、その森は平原と比べてかなり大変だった。

 野生のディナルトスが手伝ってくれたから助かったけどね。元気にしてるかなぁ。


 スピードを落とし木や足元に注意しながら進む。


「きゃああぁっ!!」


 森を進んで1時間もしない時、女性の悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 ただその悲鳴、色々と不審な点もある。


「今、悲鳴が……」

「待て。誰かが襲われているのだとすれば静か過ぎる。血の臭いもしない」


 リオルさんが慌てた様子でドルフを見る。対してドルフはとても落ち着いていた。ハウロさんも声が聞こえた方を気にしているけど、エリックさんとマルコスは警戒心の方が勝ったようだった。


 ドルフの言うように、声はそう遠くない場所から聞こえた。なのに、誰かが走っているような音も、彼女を襲おうとしている生物が動いている音も聞こえない。

 声が聞こえた場所より風下にいるはずなのに、血の臭いもない。


「だが、確認しないというわけにもいかない。十分に注意をしながら向かおう」


 急ぎつつも用心しながら声のする方へと向かう。

 声は未だに続いていて「助けて」だとか「死にたくない」とか言っている。

 とても必死で早く向かわないと危ないのではと思わされる。

 でもそれ以外は静かだ。もちろん、何かが動く音は聞こえるけど声のしている場所付近ではない。


「恐らく叫び鳥、キュルケルではないかと考えられます」


 何その不気味な名前の鳥。


「多様な声音で鳴くことができる鳥です。声音を使い分け、獲物を呼び寄せては他の生物にその獲物を襲わせることがあります」


 うわ、たちが悪い。

 だったら向かわなくていいのでは、という訳にもいかなかった。

 進行方向だということもあるし、本当に誰かが助けを求めているかもしれない。

 もし罠だった場合は、他者が巻き込まれないようにキュルケルを退治しておいた方がいいという話になった。


 警戒しながら森を進む。


 タタタッと地面を駆ける軽い音が聞こえた。

 探知魔法に人の反応があった。いや、体内に魔石を持っているから魔族かな。魔糸は繋がっていない。持っている魔力はこれまでの魔族の中で最少で、リオルさんと同じくらいだ。いやまぁ、それでも普通の人よりはよっぽど多いんだけどね。


 彼女は自身よりも数倍はある大きなワニらしきものと戦っていた。ワニは6匹居て最小でも成人男性ほどの大きさがあった。武器は弓矢のようで距離を取りながら矢を射かけていた。連続で放たれる矢が吸い込まれるようにワニの体に刺さっていく。

 その技術力はエリックさんよりも高いような気がする。


 探知魔法にはキュルケルかは分からないけど鳥の反応もある。ただ、矢が刺さっていてすでに仕留められたようだった。

 そういえば少し前から助けを求める声が聞こえなくなっていた。エリックさんの言う通りキュルケルが犯人だったのかもしれない。


 視界が開け、私たちは小さな池に出た。小さいとは言っても直径20mはある。

 その池を挟んだ向こう側に彼女は居た。


 15歳ほどの年齢に見える、小柄で中性的な少女だ。中性的だけどどちらかと言えば少年に見える。藍色の長い髪を低い位置で後ろに縛っており、目元は長い前髪で隠れている。頭には三日月のような髪留めをしていた。

 鎧やローブと違い、一般人も着ているような布でできた緑色の上下の服だった。


 彼女が射る矢は魔力を纏っており、その矢に触れたワニに電流が走っていた。

 電気……いや、雷の魔法かな?

 立ち回り自体は安定していて余裕がある。


 ただ、雷の魔法も決定打には欠けるようでワニの行動を遅らせることは出来ても倒すことは出来ていないようだった。

 矢は刺さっているしダメージは与えられているように見えるけど、倒しきるには時間がかかりそう。


「そこの方、私も協力しよう。しばし持ちこたえてくれ」

「助かります」


 ドルフが声をかけると少女はそちらをじっと見た後で頷いた。体は動いていてしっかりとワニに矢を当てていた。


「ハウロ、池に足場を作ってくれ。他は待機、サポートできそうなら頼む」


 全員で向かって乱戦になるよりもドルフだけが向かうことにしたらしい。

 返事をしたハウロさんが氷の矢を池に飛ばす。その矢が水面に触れた瞬間、そこを基点に直径50cmほどの範囲にある水を凍らせた。

 それが池の向こう側まで続いている。氷の足場の間は2m以上ありそうだ。


「行くぞラナ!」


 私は了承を返して走り出す。

 正直に言えば少し不安はあった。割れるんじゃないかとか、踏み外したらどうしようかとか。でも、ルセルリオを囲む城壁を越えるために薄い氷の板を足場に駆け上がった時のことを思い出せばそれほど不安もない。崖から飛び下りた時よりも怖くもない。落ちそうになったら結界で補助すればいい。


 私は池に張られた氷に向かって跳んだ。

 氷の足場は私が乗った直後にやや沈んだもののバランスを崩すほどではない。


 注意しながら氷を足場に池を進む。

 不安した事態が起こることはなく、私は池を渡りきることができた。

 ドルフが私から飛び降りる。


 合流できればワニ退治も一気にはかどった。

 少女がワニの動きを止めてドルフが仕留める。

 私は警戒しながら結界を張れるように様子を見ていた。


 不利な状況になったと理解したらしい残りのワニたちは逃げて行った。

 ドルフは周囲を見回した後に少女を見た。

 少女もドルフを見れば助けてくれたことにお礼を告げた。

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