第087話 夕食時の雑談

 幸い、と言えばいいのか揺れが酷くなることはなかった。かといってマシになったわけでもなく現状維持が続いた。

 体感で言えば2時間くらいして揺れが改善された。どうやら森を抜けたようだ。

 その後少しして休憩となった。


 布が上げられ檻の外へ出ると視界が開けた。

 見渡す限りの平原。後ろを振り返れば抜けてきただろう森が遠くに見えた。


 相変わらず気分は悪い。水だけを少し飲んで地面へ横になる。


 ローレンさんとテバサキが近くにいてくれている。

 テバサキはいつも私の体や頭の上へ乗るのに、今回は乗ってこなかった。

 それだけでなく、ローレンさんの真似をするように翼で私の体を撫でてくれている。

 それがとっても可愛らしいし、ルナとはまた違った羽の柔らかさも心地が良い。


 私が見るとピタッと止まるけどね。

 警戒されているわけじゃなくて嫌じゃないか様子を窺われているんだと思いたい。

 とりあえず嬉しいことを伝えるためにクルクル鳴いた。


「調子はどうですか?」


 前の休憩の時にも様子を見に来てくれた体格の良いローブの男性が私たちのところへやってきた。


「元気はありませんが水は飲んでくれています」

「この後はしばらく平地が続きます。これまでと違ってあまり揺れません。次の休憩まで様子を見ましょう」


 その言葉の通り、休憩後はそこまで揺れることなく馬車は進んだ。

 次の休憩では慣れない体勢でいたことによる疲れはあっても乗り物酔いの気持ち悪さはなかった。


 だから私は元気な姿を見せてローレンさんを背中に乗せてから平原を駆けた。出されたご飯も普段よりは少ないけど輸送が始まってからの食事では1番多く食べた。


「だいぶ元気になったな。良かった」


 出されたご飯を食べる私を見ながらローレンさんが体を撫でてくれた。

 テバサキも私の背中に乗っている。


 特に何かが起こることもなく移動は続き、日が暮れる前に野営の準備が始まった。

 そして夕食、私も美味しくご飯を食べられた。


「アントンさんはリーセディア出身なんですか?」

「なぜそう思ったんです?」

「食事の時に『いただきます』と両手を合わせてから食べるので」


 夕食中、アントンさんが食事前に手を合わせたところを見た騎士の1人が尋ねた。

 ルジェロと呼ばれていた人だ。20代前半くらいで短い赤色の髪に金色の目をしている。他の騎士と比べると軽装で、役割は斥候のようだ。周辺の警戒なんかをしてくれている。使っている武器は弓と魔法。でも、接近戦が苦手というわけでは無さそうで襲ってきた動物や魔物の止めに短剣を使っていたりする。


 ローレンさんも聞いてたけどやっぱりこっちの人には珍しい習慣なのかもしれない。


「いえ、僕はルストハイム出身です」

「へぇ、ルストハイムから。こちらへはどうして?」

「ルストハイムとリーセディアは似ているところがあるんです。だから興味があり行ってみたいと思ったからです。せっかくなので見識を広めるため、あちこちの町や村へも行っています」


 そんな感じでルジェロさんはアントンさんと雑談する。


 ルストハイムにも「いただきます」の習慣があるってことだよね。リーセディアと似ているそうだし、どんなところか私も興味が出てきた。

 まぁ、行くのは難しいだろうけどね。

 旅人が私の飼い主だったならともかく、騎士団で飼われているわけで、国に属しているなるなら国を跨いでの移動は簡単ではないはずだ。そのこと自体に不満はない。

 パスポートとかあるのかな?


 そんなことを考えている間にも2人の会話は続く。


「ここまで来ているわけですしご存知だとは思いますが、安全な街道を通ったり国や冒険者協会からの手配書や情報は見逃さないように注意はしてくださいね。慣れてきた時くらいが1番怖いんですから」


 アントンさんは苦笑いして了承した。

 他にも旅で困ったことはなかったかとか、ルストハイムと比べてうちの国はどう思ったかなど色々と聞いている。


「随分と気にかけてくださっていますが、僕はそんなに心もとないでしょうか?」


 うん、ルジェロさんやたらとアントンさんに話しかけるなって思ったよ。


「あ、すみません。アントンさんくらいの弟がいるからつい……。アントンさんはとてもしっかりしていると思います。でも、何か困ったことがあれば気軽に相談してください」


 気まずそうに謝罪をした後、ルジェロさんは離れていった。


「ラナの調子は良さそうですね」


 次にローブを着た中年男性が様子を見に来てくれた。

 彼はラディオと呼ばれている。ラディオさんは戦闘ではあまり前へ出ない。

 でも他の騎士と連携して魔法で戦っているから戦えないわけじゃない。

 杖も持っているんだけどこれまで見た魔法使いの人たちとは違って大きくて重量がありそうだ。

 魔法だけでなくその杖を打撃武器として戦うこともあるので近接戦闘もできるらしい。


「えぇ、食事もきちんと取ってくれています」

「それは良かった。もしまた何か問題があれば遠慮なく声をかけてください。解決できるかは分かりませんが対策を考えますので」


 ローレンさんがお礼を言うと少し私の様子を見てから彼は離れた。


 特に何事もなく夕食は終わり、私は檻へ戻された。


「おやすみラナ」


 ローレンさんに頭を撫でられた後、檻には布がかけられた。


 テントは2人もしくは3人で使っているようだった。ローレンさんとアルさん、アントンさんはルジェロさんと一緒のテントに入っている。

 てっきり、ローレンさん、アントンさん、アルさんの3人になるかローレンさんとアントンさんが一緒になるかと思っていたから意外だ。


 念のためと思って探知魔法を発動したままにしながら私は眠りに就いた。

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