第088話 トラブルはいつも突然に

 特に何事もなく朝が来た。

 見晴らしもいいので探知魔法を切り、朝食の準備をしている騎士たちを横目に寛ぐ。


「朝ご飯だぞー」


 檻から出してもらって朝ご飯としてお肉をもらう。


「元気そうだな」


 ちゃんと食事をする私を見てローレンさんは安心したようだった。


 朝食が終わり私も檻の中へ戻された。少ししてから馬車が動き出す。

 しばらくは平原が続きそうだから探知魔法は必要ないだろう。私は夜の間に使用した魔力の回復に努めることにした。


 道中、野生動物に襲われることはあったけど危なげなく対処された。


 数回休憩を挟んですっかり太陽も高くなった。

 ただの休憩とは違って食事の準備が始まる。昼食だ。

 檻の外へ出されたので進行方向を見る。出発した時には遠くに見えていた山が目の前にあった。

 レクシス様を送った時に通った山とは違ってなだらかそうな山だ。植物はそれなりに生えているけど岩肌が露出している箇所も多い。


 これからここを越えるのか。

 再び馬車が揺れることを想像して悲しい気持ちになった。

 ローレンさんが昼食を用意してくれる。でも、私は運ばれてるだけでそこまでお腹も空いていない。何より、ここで下手に食べたら酔った時に苦しくなるだけだ。


「ごめんな。もう少しだから」


 水だけもらってお肉を食べようとしない私を見たローレンさんが申し訳なさそうに私の頭を撫でた。


 檻にはいらなきゃ駄目?

 山を越える間は檻から出してもらってローレンさんを乗せて移動する、とかだといいのに。

 そんな私の望みは虚しく、昼休憩の終了と共に檻の中へ戻されてしまった。

 山に入ると見通しも悪くなるので探知魔法を発動させておくことにした。


 少しし山道へ入ったのか斜面が続くようになった。森を通った時と比べて思うほど揺れなかったのは良かった。

 まぁそれでも、左右に振られながらの移動によって酔ったんだけどね。お昼を食べなくて良かったよ。


 山道を進むこと体感で約1時間。

 探知魔法に5mほどの大きな反応が現れた。

 それは私たちの真上15mほどの上空にあって凄い速度で降りてきている。


 鳥とは違う飛膜の翼、鱗に覆われた大きな胴体に太くて長い尻尾、手足には鋭い爪。体の中には魔石の反応がある。


 これ、竜じゃない?


「ウォルダムです!」


 ルジェロさんの声が聞こえたかと思うと微かにざわめきが起こった。

 ただの野生動物の時とは違った反応。竜がこっちへ来ているならそりゃそうだよね。


「おいおい、何で一直線にこっちへ来てるんだよ」

「何か様子がおかしくないですか? 鬼気迫る感じがあるというか必死に見えます」

「全速力っぽいな。あのまま突っ込まれたヤバいんじゃないか?」


 ただ、騒ぎは思ったよりも大きくなかった。ざわついてはいても物凄く慌てているわけじゃない。中くらいの困ったことが起こったって感じだ。

 騎士だから?


「襲ってきたら辛子玉からしだまでいいですか?」

「あぁ、可能なら殺したくない。それで逃げてくれればいいが」


 戦いたくないじゃなくて殺したくないなんだ。

 大丈夫だろうとは思うけど何かあっても怖いから皆に見えない結界を張っておく。


 騎士も含めローレンさんたちが戦闘準備に入る中、ウォルダムは地響きと共に私たちの近くへと下りてきた。

 彼らを威嚇するようにグルルルルと低い唸り声が聞こえる。


「どういうことだ。温厚なはずだろ?」

「気を引き締めろ。理由は分からないが敵意を向けられていることは確かだ」


 互いに睨み合うという状況が続く。

 先に動いたのはウォルダムだった。


 その場で回転して長い尻尾をムチのように振り回す。

 後方へ跳んで範囲外に離れたり、ジャンプをするなどで全員が尻尾を躱した。


 ルジェロさんが拳サイズの玉をウォルダムへ向かって投げた。ウォルダムは翼を羽ばたかせて強風を起こし、その玉を吹き飛ばした。

 あまりの強風に檻へかけられていた布の留め具が外れ布が吹き飛んだ。


 堅そうな緑色の鱗に体を覆われ、金色の目をした竜だった。

 ウォルダムは私を見ると大きな咆哮上げた。

 

『こんな小さな子を誘拐するなんて、あんたたち最低っ!!』


 と。


 誘拐されたと勘違いされてる!?


『違うの! 誘拐されていません!』


 同じ爬虫類なら話が通じるかもしれない。

 私は必死に彼女へ話しかける。


『こんなに必死になって可哀想に。助けるから待ってて!』


 が、無情にも言葉は通じなかった。


「こうなってはやむを得ん。ウォルダムの討伐を行う」


 いやーーーーっ!

 待って待って! 勘違いしてるだけでこのウォルダム良い人なの!


 どちらも悪くないのに、行き違いで命の取り合いが始まろうとしている。

 黙って見ていられるはずがない。


 私はウォルダムにも結界を張った。


「アントン、ウォルダムを閉じ込められないか?」


 うんうん。閉じ込めてる間に逃げよう!

 ローレンさんの言葉に私は少し安心した。


「ええと……すみません。今は無理です」


 しかし、彼は気まずそうに指で頬を掻きながらそう言った。


 今は無理って何!?


 そんなやり取りをしている間にウォルダムが空中へ浮かぶ。高さは3mくらいで低い位置にいる。

 ウォルダムが地面へ向かってさっき以上に翼を羽ばたかせる。

 砂ぼこりが舞い上がり目を開けていられないような状況になった。


 ウォルダムが体勢を変えて滑空する。

 何をする気なんだろうと思っていると、ウォルダムの足が私のいる檻を掴んだ。


 あっ、と思った時には檻が馬車ごと持ち上げられていた。

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