第086話 思わぬ問題

 レストーネを出発して数時間、特にできることもなく私は檻の中で横になって過ごしていた。

 当然ながら道は舗装されていない。結構揺れるので乗り心地はあまり良くなかった。

 平坦な道ならそれでも大丈夫だった。問題は高低差や何かを避けるように左右に動くようになってからだ。

 具体的には森の中とかね。


 私は乗り物酔いになった。

 頭は痛くてグワングワンするし、吐き気が込み上げるくらいに気持ち悪い。


「この辺りで休憩しよう」


 出発する時に指示を出していた声が聞こえた。

 ようやく馬車が止まり、檻にかけられていた布が上げられる。


 檻の鍵が開けられ、ローレンさんに手綱を引かれて私は檻の外へ出た。

 昼休憩らしくご飯と水が餌皿に入れられて目の前に置かれる。


 でも乗り物酔いのせいで食欲がない。

 ここで食べたら確実に戻す。

 そんな確信があったからこそ、私は水だけを少し飲んで食べなかった。


「飯はいいのか?」


 餌を食べない私を見たローレンさんが心配そうに背中を撫でてくれる。


「クー……」


 調子が悪いことを伝えるため力なく鳴いた。


「どうかしましたか?」


 そこへやって来たのはローブを着ている2人のうちの1人、穏やかそうな中年男性だった。金髪に垂れた青い目をした30代後半くらいに見える。ローブを着ている人は細身の人が多い印象なんだけど、彼はそれなりに体格が良い。鎧を着ていたら前衛だと勘違いしたかもしれない。


「何だかラナの元気がなくて。食欲もないらしく水は少し飲んでくれたんですが食べてくれないんです」


 食べたら吐く自信しかないからね。そんなことになったら食べ物はもったいないし、申し訳なくなるし、乙女としても恥ずかしい。

 全裸には慣れたけどね!


 ともかく、走る必要があるならしっかり食べないと力が出ないけど檻で輸送されるならその心配はいらない。

 だったら無理して食べる必要もない。


 中年男性は私の周囲を回りながら唸った。


「まだ何とも言えませんね。檻に体をぶつけるなどして怪我をしているようにも見えませんし、この状況に慣れず警戒や緊張をしているのかもしれません。もう少し様子を見ましょう」


 まぁ、そうなるよね。私も動物が乗り物酔いするとか考えたことなかった。


 休憩中、ローレンさんとアントンさんが交代で近くにいて背中を撫でてくれた。アルさんも気にかけてはくれているようだったけど近づいてくることはなかった。

 騎士さんたちも予定より長めに休憩を取ってくれた。

 予定を遅れさせてしまって申し訳ない。特にこの輸送任務の責任者には罪悪感が沸いた。


 仕事で失敗をした時、例外的な状況を除けば当人だけではなくその上司も責任が問われる。私が失敗した部下であるなら、上司かつ責任者に当たるのはこの輸送任務のリーダーだろう。直属の上司ということならローレンさんになるのかな。

 誰かが責任を被ってくれるんだ。ひゃほー! なんて喜べるほど私は図太くない。私のせいで責められる人がいると苦しくなるし申し訳なくなる。


 だったらどうすればいいのか。それはきちんと上司へ報告することだ。問題があった場合にきちんと報告することは部下の義務でもある。そしてその報告は早ければ早いほど良い。でも、自分の失敗を報告するっていうのはなかなか難しい。だからといってそれができなければ問題はより大きくなって自分へと返ってくる。

 じゃあどうやって私の状況を報告するかなんだけど、どうにかアピールするしかない!


 私は地面に横たえていた体を起こして抱えていた兎のぬいぐるみをローレンさんへと見せた。そしてローレンさんがぬいぐるみに注目するとぬいぐるみを上下左右に軽く揺すってから再び地面に伏せた。


「んー? 何かを伝えたいことは分かる。でも何だ?」


 結構自信あったのに、残念ながらローレンさんには伝わらなかった。


「もしかすると乗り物酔いを起こしているのかもしれません」


 だが、少し遠くから私たちを見ていたローブの中年男性は気づいてくれた。

 ここで喜んではいけない。私はディナルトスで魔物だ。あまりに言葉が通じていると変に怪しまれる。

 それで言うとさっきのアピールはアウトな気もするけど、背に腹は代えられない。


「しかし、乗り物酔いか」


 中年男性は困ったように呟いた。

 原因は分かっても対策に困るよね。


 ひとまず報告することに決めたようで、リーダーと思われる騎士の元へ行き報告してくれている。


「人間用の酔い止めはありますが、魔物用はさすがに。そんなものがあるかも分かりません」

「それを与えてはいけないのか?」

「効くかどうかも分かりませんし、思わぬ害を与えてしまうかもしれません。安易に試すべきではありません」


 酔い止め自体はあるんだ。

 それから人間用だと問題が起こるかもと止めてくれたのはありがたい。人間には平気でも動物には毒になるものってあるからね。猫にチョコレートとか。


「仕方ない。様子を見つつ予定通りに進もう。衰弱が酷いようならこまめに休憩を取るか、檻での輸送は止めになるかもしれないな」


 方針は決まったようだった。気遣ってくれるようで安心した。


 昼休憩も終わり、私は素直に檻の中へ入った。その頃には体調も回復していた。

 しかし、揺れの度合いは変わらず私は再び乗り物酔いになった。


 いやこれ、どうにもならないよ。我慢できるようなものじゃないし、対策も考えられない。

 お父さんの車の運転は丁寧だった。電車もここまで揺れない。


 いやほんとに、何でこんなにガッタガタ揺れるの? 舗装されてない道ってこんな感じなの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る