第045話 事態の変化はめまぐるしく

「ハウロ、残りは?」

「4回です」

「リオルは出口へ退避。必要に応じて翻訳を」


 返事を待たず、ドルフはリオルさんを下ろして駆け出した。


 その間に新しく作られた触手が4本。そのうちの2本は流れている魔力が特に多く、ロレットラリッサの近くから離れない。残りの2本がエリックさんを狙っている。台座からから遠くなるほど触手は精細な動きができなくなり、動きも鈍くなっている。

 エリックさんは触手をかわし、時には剣に魔力を流して弾いている。危なげはないものの、魔法陣へ近づけないようだった。


「残りの分で俺を囲うことは?」

「できます」

「合図を出した時に実行して欲しい」

「了解です」


 エリックさんが尋ねハウロさんが答えた。続く会話をドルフは止めなかった。

 むしろサポートするように、エリックさんの元へ駆けていく。


 ドルフがエリックさんに追い付き、そのまま追い越す。

 エリックさんを狙っていた2本の触手がドルフへと向いた。


 その瞬間を狙ったようにエリックさんが強引に魔法陣へと近づく。

 

「頼む!」


 ロレットラリッサの近くで待機していた2本の触手がエリックさんへと伸びていく。

 しかしその触手が届く前に、エリックさんを囲むように氷の壁と天井が現れた。


 触手が中に入るようなことがあったら逃げ場がない。随分な賭けのように思ったけど、こっちは触手を避ける度に体力を、武器で弾く度に魔力を削られている。対して向こうは底なしとも言える魔力を持っている。

 戦闘が長引けば不利になるのはドルフたちの方だ。

 だから賭けでもすぐに動いたのかもしれない。


 触手が氷の壁にぶつかった。強い魔力が流れている分、残念ながら他の触手のように水になってしまうことはなかった。しかし、中に入ることもできないのか攻めあぐねているように見えた。

 触手が入り込むような隙間は見当たらない。氷が溶けている様子も見られない。


 このままエリックさんが魔法陣の修復をすれば、ロレットラリッサを封じ直すことができるかもしれない。


 強い魔力が流れている触手が再び勢いよく氷の壁にぶつかる。

 聞こえてきたのは水が跳ねる音ではなく、固い物に何かが刺さるような鈍い音だった。


 ドルフが氷の壁に刺さった触手を切り落とす。切り離された方の触手は水になって床へと落ちた。

 今まで水が固くなることはなかったはずだ。なのに、どうして急に。


 驚いている間も事態は止まってくれない。魔力が少ない方の触手2本がドルフへと延びる。


「行けラナ!」


 背中が重くなる。困惑している私の上にマルコスが乗っていた。

 彼が何を考えているかは分からない。でも、ドルフたちのためになるならと私は指示されるまま駆け出し、祠の中へと入った。


「ハウロ、俺と交代! リオル、手を出せ!」


 マルコスの指示で2人が動く。

 ハウロさんは祠から外に出ていき、リオルさんは私たちに向かって手を伸ばしてきた。

 マルコスがその手を掴んでリオルさんを私の背中へ引っ張り上げる。


「訳して」


 ある程度魔法陣から距離を取り、私は立ち止まった。

 マルコスの息を吸い込む音が聞こえる。


「また失敗して迷惑をかけるのか。これで何度目? そんなんだからククルクに見捨てられたんじゃないの」


 彼の口から飛び出してきたのは、鋭い言葉のナイフだった。

 それも、呆れや馬鹿にするような言い方だ。


 リオルさんはためらいを見せたが、それでもその言葉を翻訳した。


 直後、全ての触手が動きを止める。


 私は悟った。

 マルコスの言葉は、見事ロレットラリッサの急所に突き刺さったのだと。


 ドルフを襲おうとしていた触手も、氷の壁に穴を開けようとしていた触手さえも私たちへと向かってきた。


「逃げ方はラナに任せるよ」


 こっちに丸投げするんかいっ!


 いやまぁ慣れた相手じゃないと息が合わなかったりするから、任せてくれた方がやりやすいけどさぁ。

 それでも苦情の1つか2つ言いたいところだ。でも残念ながらそんな余裕はない。


 私は身を翻して触手から逃げるように駆けだした。

 探知魔法で触手の動きを観察する。本体から遠い分、触手の動きは鈍くなっている。逃げることはそう難しくなさそうだ。


『ムキになるってことは図星? そのククルクっていう人も災難だったな。せっかく色々教えただろうに、結局は無駄だった』

『黙らんか! 教えられたことは無駄にはしていない!』


 マルコスのさらなる挑発。

 ロレットラリッサの言葉に魔力が乗り、祠全体の空気を揺らす。

 体が委縮し、動けなくなってしまいそうなほどの威圧感があった。私に向けられていたら硬直して動けなくなっていたかもしれない。

 しかしそれを向けられているのは私ではなく、マルコスだ。


『へぇ? 大勢に影響が出るようなことを1人で決めてはいけない。きちんと話して許可を得てから行動を起こす。とにかく対話を大切にしろとか言われなかった?』


 けれどもマルコスはそんな威圧などどこ吹く風で平気そうに話を続けた。余波を受けているリオルさんの方がよほど必死に見える。

 私も大変だけど、リオルさんも翻訳をしないといけないから大変だよね。


 そんなことを思いながら触手から逃げていると、新しい動きがあった。


 ロレットラリッサから細い魔糸が伸びて私たちの前方にあった水溜まりに接触した。

 嫌な予感しかしない。そしてそういう時ほど、悲しいことに当たったりする。


 それを示すように、ただの水溜まりだったはずが矢のような棒状になり、重力に逆らい私たちへ向かって飛んできた。


 ハウロさんが作ってそのままになっている氷の壁の後ろへ逃げ込む。しかし水の矢は氷の壁にはぶつからず追尾してくる。


 結界で水の矢に繋がっている魔糸を切れないか試してみる。

 魔糸ではなく結界が切れた。やっぱり駄目か……。


 だったら結界で水の矢を弾けないかと思ったけど、それも駄目だった。

 だから私は水の矢に捕まらないように逃げ続けた。

 逃げられているうちはいいけど、触手や矢が増えたりして追い込まれたらまずい。


『だから様子を見て少しずつ進めたではないか。対話をするにも誰と対話をすれば良かったというのだ。そのリオルの言葉は分かるが、それ以外の者の言葉は分からなかった。悩んでいる間にも主らは死へと近づくではないか』


 だから強行した? 

 経験則ではあるけど、不安を残したまま焦って行動するとだいたいが失敗する。

 彼女も、もっと慎重に動くべきだった。


 マルコスが私の手綱をちょいちょいと引っ張る。この引っ張り方は反転しろってことだよね。

 ロレットラリッサの方を向けって?


 次は何を考えてるんだろうと少し不安になる。

 それでも私は指示に従って円を描くように方向を変え、彼女の方へ向かって走った。

 魔法陣まで5mほどの距離まで近づいた。


『そうやって独断と思い込みで動くから、封じられたんだよ』


 距離は開けながらもすれ違うように駆け抜ける。

 いつの間に外していたのか、すれ違う瞬間にマルコスは籠手こてをぶん投げて彼女に命中させていた。


 マルコスの投げた籠手は彼女の中へと沈んでいたけど、何かに弾き出されるように水塊から飛び出して床へと落ちた。ガシャンという音をさせて籠手は静止する。


 ビンタ(投擲)とか初めて見たよ。

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