番外編 シークとミランダ(3/3)
「本当に可愛い!」
結局、ミランダは人形を買った。
シークにとっては非常に高価であったが、彼女にとっては許容範囲だったからだ。
「見て見てシーク! この子、口も開く!」
ミランダは口の開いた人形をシークに見せた。
彼が人形を見ると、舌や白い歯、桃色の口内が見えた。
「これは、本当に人形なんですか?」
そのあまりに細かな造形に彼は疑問の声を上げる。
もしかすると魔道具かもしれない。危険な魔法が発動するようなものだとまずい。
そう考えたシークはミランダから許可を得て人形を調べることにした。
人形は口が開き手足が動く他に目の開閉も可能だった。
驚くことに腕や足の付け根、指を見ても継ぎ目は見当たらない。
売っていた商人も詳しいことは知らなかった。
ただ、売った人の家宝として家にあったのだという。少なくとも100年は前に作られたと考えられるそうだ。
しかし彼らは金銭的に苦しくなったためにその人形を馴染みの商人に売ることにしたのだという。
「中を調べてみても?」
「いいよ。私も気になってきた」
シークは手の一部を液体状に変化させて人形の口からそれを注ぎ込んだ。
「どう?」
「凄いですね。人族と体の構造がとても良く似ています」
何の必要性があるのか、血管まで再現されている。
しかし、生物のように熱を持っておらず匂いもない。
もちろん、心臓が動いているということもない。
シークは血管を通って人形の体を調べた。
幸いなことに、魔法陣らしきものは見当たらなかった。
「心臓の内側に文字が書かれています。恐らくルストハイム語で『ネームレス』と」
ネームレス。名無しという意味だ。
何か理由があり名乗れないものの、その作品を手掛けたことを残したい時に使用されることがある。
「作品に『ネームレス』と刻む場合、どこか1ヶ所に記号が記される場合があるの。資料を持ってくるからその記号がないか調べてみて」
研究者気質のあるミランダだ。
シークから人形の調査報告を聞く中でどんどん真剣な表情になっていく。
彼女はリビングから出ていくとすぐに資料を持って戻ってきた。
シークは『ネームレス』の文字を紙へ書き写し、ミランダと共に資料と照らし合わせた。
似たような筆跡はあるものの、それは一部のみだった。資料がそうあるわけではなく、残念ながら確証を得ることはできなかった。
次に資料へ載っている記号と記号が刻まれている場所を探してみたシークだったが、こちらも何も見つからなかった。
だが、資料には載っていないものの記号らしきものはあった。
「ふくらはぎの内部ね。もしかして第2の心臓って言うから?」
心臓に何かこだわりがあるのかもしれない。
そう考察するミランダの目はキラキラととても輝いていた。
今も「亡くなった子どもの代わりに作った」や「単純に最高傑作の人形を作りたかった」のかもしれない。と、どういう目的で作ったのかあれこれ推測している。
「今の技術でもそこまで繊細に作れる人はそういないはずなのに、100年も前の人が作ってるとしたら本当に凄い!」
その様子は、まるで子どもが新しいおもちゃへ夢中になっているようだ。
シークがそう思っているとミランダは目を丸くして彼を見つめた。
「シークくんが笑ってる!」
そう言って彼女は満面の笑みを彼へ向けた。
シークには彼女の言葉の意味が分からなかった。
彼女から無理に表情を作る必要ないと言われてから表情を取り繕った覚えはない。
だから笑うはずがないのだ。
ではミランダの見違いだろうか、とシークは口元へ手をやった。
口角が微かに上がっていた。
「ね? シークくんが笑ってくれたお祝いに何か料理を作るよ」
「止めてください」
ミランダの料理はとても酷いもので、シークは味覚を遮断することで問題なく食べることはできる。
それでも料理後のキッチンの悲惨さを考えると彼女に料理をさせたくなかった。
「えー、でもせっかくなら何かお祝いがしたい。欲しい物とかないの?」
そう問われたシークは思考を巡らせた。
欲しい物はないが、そう言ってもきっとミランダは納得しないだろう。
物でなくてもミランダが満足しそうなことは何かないだろうか。
「では、また一緒に外出がしたいです。絵画展や演劇を見てみたいです」
絵画展は評価の高い作品を知ることでいざという時に金策の手段とするため、演劇は感情の学びとするためだった。
「もちろん。いつ行こうか」
そう言って微笑みを浮かべるミランダにシークは何とも言えないむず痒さを感じた。
そのむず痒さに不快さはない。
あれこれと推測を並べた結果、きっと楽しみなのだろうとシークは結論を出した。
「とても楽しみです」
「うん、じゃあ次の休みの時に行こうか」
シークは頷き、ミランダと予定について話し合った。
「よし、じゃあ人形の調査を再開しよう! シークくんはこの人形、何で作られたと思う?」
「何かの儀式に使われていたか、私のように形のない生き物の入れ物でしょうか」
2人は人形に関しての議論を繰り広げるのだった。
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