番外編 シーナとコルネリオ

「不安?」

「それは……うん、やっぱり怖いかな」


 昼も過ぎ陽が傾き出した頃、シーナとタタはある屋敷の客室にいた。

 広い部屋には立派な調度品が並んでおり、中央にはこれまたお高そうな机が置かれている。その机を挟むように向かい合って配置されたソファーの一方に2人は座っていた。


 シーナは不安そうにタタのすぐ近くに座り手を繋いでいる。

 タタにとっては馴染みのある職場であり、緊張もなく普段と変わらない様子で寛いでいる。


 2人が客室で待っているのはレストーネの領主の息子であるコールことコルネリオだ。

 タタにとっては雇い主の息子で護衛対象だ。


 彼が人攫いに遭ったところを助けるという形でシーナとコルネリオは出会う。

 それから2人は友好関係を築いていた。


 だが、体が崩壊するところを目撃されたシーナが姿を消したことでその交流は断たれてしまった。

 しかし、シーナが抱えていた問題も無事解決し、経過観察でも異常や不安要素は見られなかったことで、2人が会う場が設けられた。


「俺がついてるから安心して」

「うん、ありがとう」


 タタの言葉にシーナが微笑む。


 職務や関わってきた年数から考えれば、タタはコルネリオの味方をするべきかもしれない。

 けれど、シーナがこれまで経験してきたことを思えば彼女の味方でありたかった。


 さらに理由を挙げるなら、彼女が甘えられる相手はそう多くないということだ。

 タタはシーナからかなりの信頼を寄せられていることを自負している。

 そんな自分がコルネリオの味方になりシーナからの信頼を損なうと、いざという時にシーナを説得できなくなってしまうかもしれない。酷ければ彼女が姿を消してしまうことも考えられる。それは避けたい。


 そのようなタタの思考はコンコンというノックの音で中断された。

 タタがシーナを見ると彼女は頷いた。


「どうぞ」


 彼が声をかけると扉が開き、ミランダと少年が部屋へと入ってきた。明るい緑色の髪はシーナの記憶にあるよりも少し伸びていて、青色の目は驚いたように丸くなっていた。

 少年、コルネリオはシーナの姿を見つけると彼女に駆け寄った。


「無事で良かった!」


 緊張と不安を見せるシーナに対し、コルネリオは安堵と喜びを浮かべた。


「ごめん、俺、助けてもらったのにシーナのこと怖がった」


 嬉しそうにしていたのも束の間のことで、彼は罪悪感でいっぱいという様子で彼女に頭を下げた。

 シーナは慌ててコルネリオの頭を上げさせようと言葉をかけるが、彼は頭を下げたままだった。

 肩へ手を伸ばすも触れていいのか分からずシーナは困惑する。


「お願いだから頭を上げて。いきなりあんな姿を見せちゃったんだから怖がられても仕方ないよ」


 それまで仲良くしていて友人だと思っていた相手に怯えられたことは、シーナにとってショックな出来事だった。

 しかし、自分だって彼らに正体を隠していた。きちんと言わなければならないと思っていたのに話せなかった。


「私だって悪かったの。きちんと話せなくてごめんなさい」


 次はコルネリオがシーナへ頭を上げるよう言うことになった。


 それから少ししてシーナは頭を上げた。

 このことに関して互いに謝ることは止めることになった。


 コルネリオとミランダはシーナたちの対面にあるソファーに座り、少しぎこちなさはあったものの会話を始めた。


「シーナはタタさんと一緒に生活しているんだよな。どんな風に過ごしてるの?」

「本を読んだり家の中から外を眺めたり、洗濯や食事の準備、掃除をしたりだよ。この前はタタさんと一緒にお出かけしたの。タタさんは凄く優しくしてくれて、一緒に遊んでくれたり、夜は本の読み聞かせをしてくれたりするの」


 シーナは嬉しそうに話し、コルネリオは頷き微笑みを浮かべて話を聞く。


「なぁシーナ、俺はこれからもシーナと友達でいたい。これまでみたいに話したり、一緒に遊びたい。駄目かな?」


 不安そうに尋ねる彼を見てシーナは微笑みを浮かべた。

 真逆のことを言われると思っていたからだ。


「嬉しい。これからもよろしくね」


 そう言ってシーナはコルネリオに右手を差し出した。


「こちらこそよろしく」


 コルネリオは躊躇ためらうことなく彼女の右手を取り握手をした。


「そうだ。良かったら俺の部屋に来ない? 前に話した魔物の図鑑やウォルテ博士のスライム進化論の最新作もあるんだ」

「行きたい! ね、タタさんいい?」


 学ぶことが好きなシーナは目を輝かせてコルネリオの提案に食いついた。

 即答しながらも確認を取る彼女にタタは許可を出した。


「コールが良いっていうならいい。ただし、俺たちもついていくからな」


 タタの許可も得たことで彼らはコルネリオの部屋へ移動した。


「シーナは好きな魔物いる?」

「いるよ! あ、でも魔物で合ってるかな? 植物かもしれない」

「どんな植物? 一緒に探そう」


 2人は椅子に座って一緒に魔物図鑑を眺めながらページをめくる。


「あ、いた! この子」


 シーナが指差したのは花の絵が描かれたページだった。太い茎には横一線の切れ目がある。


「この子は森の中で私と一緒にいてくれたの。花の中もあったかくて、小さな花たちも可愛かったの」

「こ、この花の中に入ったのか?」


 図鑑にはサイズの比較対象として一般男性も描かれており、その男性数人くらいなら軽く飲み込めるほど巨大であることが分かる。

 さらには茎部分が開いた絵も描かれており、そこには尖った歯が並び舌のようなつたが生えていて巨大な口を思わせるものとなっていた。

 どう見ても危険な魔物にしか見えない。


「うん。花の匂いも素敵だった」


 実際に触れあったらしいシーナは楽しそうにその時の体験を話しており、見た目と違ってそんなに危険じゃないのか? と疑問を感じたコルネリオは図鑑説明を読んだ。

 名前はフィフロル。図鑑の説明によると、危害を加えたりして敵対しなければ大人しい魔物で小動物などの避難所にもなるらしい。花の蜜は栄養価が高く、葉には止血効果もあるということで旅人の強い味方でもあるそうだ。


「凄い花なんだな」


 コルネリオは見た目の恐ろしさだけで危険な生物だと思ってはいけないなと感じた。


「あ、この子も好き! 私が知ってる子はラナちゃんて言って、背中に乗せてくれたの」

「背中に?」


 次にシーナが示したのは二足歩行の爬虫類だった。牙や爪は鋭く、どう見ても肉食獣だ。

 先ほどの経験を生かし、この魔物も見た目ほど危険ではないかもしれないと思いながらコルネリオは図鑑説明に目を通す。


 そこには、非常に狡猾で仲間と共に獲物を追い詰める残酷なハンターであり、非常に危険な魔物であると記載されていた。


「え、この魔物に乗ったのか? 暴れられなかった?」

「優しい子だったよ。スリスリされたし頭も撫でてくれたの」


 いきなり掴まれて驚いたけど、と笑うシーナに対してコルネリオは顔を引き攣らせていた。


「ラナは特殊できちんと躾けられた子だから言うことを聞いてくれたんだ。野生のディナルトスは危険な魔物だから覚えておいて」


 2人のやり取りを見ていたタタは苦笑いして補足説明を行った。


「コールくんは好きな魔物いる?」


 笑顔で尋ねるシーナにコルネリオも微笑みながら答え、ページをめくってその魔物を探した。

 楽しそうに話す2人は仲の良い友人そのものだった。

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