番外編 シェグルについての報告会(2/3)

「アントンさんだろう。迎えてくる」


 そう言ってアルバーノは席を立った。

 彼が部屋を出てすぐにタタも部屋を出た。ミランダは部屋に残って背伸びをしながら欠伸をしてだらけている。


 アルバーノの足音は遠くなり、タタの足音は聞こえない。しかしそれはタタが足音を消して歩いているのか、動かず廊下にいるのかミランダには分からなかった。

 少しして2人分の足音が聞こえ、部屋の扉が開くとアルバーノとアントンがいた。2人が部屋へ入ってからタタも入り、アルバーノの隣にアントンが座った。


「お久しぶりです。その後どうですか?」


 彼から報告書を受け取り、アルバーノは先ほどまで話していた内容をアントンにも伝えた。


「他のシェグルは感情が芽生えているようなのですが、セオロアさんの様子はどうですか?」


 問いを投げたアルバーノだけでなく、タタとミランダもアントンを見つめて返答を待った。

 3人ともセオロアの感情が芽生えていた場合のことを考えていた。アルバーノは人間に危害を加えない、増殖数の制限が外れるのではという危惧。タタは無感情だった時の自己の行いによる後悔や罪悪感による精神の摩耗への心配。ミランダはどのように変化するだろうという興味を持っていた。


「感情があるように見える時もありますが、彼は自然な表情を浮かべるのでそう見えているだけかもしれません」


 3人からの視線を受け、アントンは苦笑いしながら答えた。


「今のところ彼に不審な様子はなく、僕の仕事や護衛をしてくれているので助かっています。それに博識なので話していて楽しいです」


 アルバーノにとって1番の不安要素であったセオロアだが、アントンの言葉を信じるのであれば問題なさそうだ。

 しかし、彼の言葉を信じられるのかという不安もあった。

 アントンはセオロアを説得した方法を秘匿した。それ以外にも何やら隠し事が多いように見受けられる。そのことがアルバーノに不信感を抱かせていた。


 他のシェグルの変化がセオロアに起こっている可能性はある。

 アントンもどちらかと言えばセオロアに感情があるように見えると言っている。

 本当はセオロアに感情が芽生えていると感じているにも関わらず、誤魔化しているかもしれない。


 もしそうなら理由は?

 セオロアの感情が芽生えたことを隠すことで得られるメリットは何だろうかとアルバーノは思考する。

 しかし、今のところそれらしい理由は浮かばない。


「セオロアさんと他のシェグルとの違いは一体何でしょうね。彼も感情が芽生えていると思ったのですが」


 だからアルバーノは、シェグルと感情の関係性についてもっと深く話してみることにした。


「もしかすると、彼は感情が不要だと考えているのかもしれませんね」

「どういうことですか?」


 言葉の意図を汲み取れず尋ねたアルバーノにアントンは自身の私見を語った。


「セオロアさんの施設で実験を受けていたシェグルはすぐに死んでしまうような危険な環境にいました。そんな状況で感情を得てメリットになることはあるでしょうか?」


 明確な反語。

 3人は無言になることで彼の言葉を肯定した。


 好ましくない状況に置かれたシェグルにとって、感情があるとそれだけで負担になってしまうだろう。

 施設で実験を行われて精神的な負荷がかかっていたシェグルに感情が芽生えず、人間と暮らし始めたことで負荷が緩和され感情を得た。

 彼の推測には説得力があった。


「その推測が正しいとすれば、セオロアさんにとっても施設での実験は苦しいものだったのかもしれないということでしょうか。彼自身がそのことに気がついていない恐れはありますが」


 アルバーノの言葉にアントンは頷いた。


「その苦しみを緩和させるか、それ以上に感情を持ちたいと思ってもらう必要があるかもしれません」


 とは言っても、状況から考えた推論で証拠は何もありません。実は検討外れかもしれません。と言ってアントンは苦笑いした。

 そんな彼にアルバーノはとても参考になったとお礼を言う。


 ミランダはアントンを見ながら挙手と共に声を上げた。


「もしアントンさんの推測が正しいとして、感情を持ったシェグルが辛い環境に置かれるようになったら無感情に戻ることはあると思いますか?」


 彼女の言葉にアントンは考え込む。


「ないとは言い切れません。人間だって追い詰められると精神に異常が出てきます。シェグルがそうならないという根拠はありませんから」


 シェグルについてはまだまだ分からないことが多い。


「そもそもシェグルって何なんだろう。色々調べてみたんですが、それらしい情報はありませんでした。粘性の生物と言えばスライムですが、スライムにそこまでの知能はありません。そもそも、塩水で溶ける生物なんて聞いたことない」


 うーんと唸った後、ミランダは再び口を開いた。


「でも、冒険者の【悪夢の召喚者】エリックさんが召喚する生物に似ているところはあります。セオロアさんはエリックさんと何か関係があるかもしれません」


 この話自体は以前にも出ていた。

 しかし、彼は高位な冒険者でありそれを聞くためだけに呼びつけていいような相手ではない。

 冒険者協会へ宛てて彼の予定伺いと会いたい理由を記載した手紙を送っているが、どうしても時間がかかってしまう。


 さてどうするかとアルバーノは思考を巡らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る