番外編 セオロアが行う定期健診(3/4)
「私に恨みがあることは知っています。私のことが許せないという気持ちも理解しています」
彼女の想いを聞いたセオロアが落ち着いた様子で話し始める。
しかし、セオロアが話す内容はシーナの予想から大きく外れたものだった。
「あなたとシークには私へ復讐する権利があります。好きなようにしてください。私の命が欲しいのであれば差し上げます」
あまりに衝撃的すぎる言葉にシーナは目を見開いた。
当の本人は気にした素振りもなく、アントンからの許可も得ていると告げた。
そういうことを言わせたいわけではない。
なぜ伝わらないのか。
シーナは唇を噛んだ。
「大丈夫か?」
タタは硬直するシーナの手を少し強く握ってから心配そうに声をかけた。
「ありがとう。大丈夫だよ」
彼の声にシーナは微笑み彼の手を握り返した。
そして、目を閉じて1度深呼吸をすると再びセオロアへと視線を向けた。
「私はそんなこと望んでない」
あまり積極的に関わりたい相手ではなくても、できれば幸せになって欲しい。
そのために必要なのが感情だとシーナは考えた。
「酷いことはされたけど、私がいるのはセオロアさんが私のことを作ってくれたから。そのことには感謝してる」
どうすれば彼に感情を芽生えさせられるのかは分からない。
だが、諦めるつもりはない。
シーナはセオロアと向き合うと決めたのだ。
「産んでくれてありがとう。私はセオロアさんのこと許すよ。だから、あなたにも幸せになって欲しいの」
そう言ってシーナはセオロアに微笑みかけた。
セオロアにとってシーナの言葉は予想外だった。
恨んでいる相手の幸せを願えるものなのかと疑問が浮かぶ。もし嘘だとすれば嘘を吐く理由は?
真偽について彼女のメリットやデメリットから考えてみるも、嘘を言ったところで大したメリットはないのではないか。
「……大丈夫?」
どう返答するかと思考を巡らせるセオロアは、シーナからそう尋ねられ視線を上げた。
彼女はなぜか心配そうな表情をしていた。
「えぇ、どう答え……」
ようかと考えていました。と、答えようとして彼の言葉は止まった。
出た声は微かに震え、喉の奥には詰まりを感じたからだ。
それどころか口も声と同様に震えている。
「セオロアさん、涙を流している自覚はないんですか?」
タタは痛ましそうに言った。
彼の指摘を受けてセオロアは自身の頬に触れた。手には確かに水滴がついている。頬の感覚で流れる液体があることも分かった。
「……どうにも不調なようです。お見苦しいものを見せてしまって申し訳ありません。私はこれで失礼します」
自分でもなぜ涙が出るのか分かっていないのか、それとも話すつもりはないのか。
セオロアは立ち上がると退出しようとする。
「待ってください。そんな状態で帰らせるわけにはいきません。俺たちは部屋から出て行くので落ち着くまでここにいてください」
彼の涙は未だ止まらず流れ続けている。どんな状態か不明ではあるが、普通ではないことは分かる。何か問題が起こらないとも限らない。
さらに言えば、そんな状態で通りを歩かれたら目立ってしまう。面倒な輩に絡まれると大変だ。
「ですがこの後、アントンさんの手伝いが……」
セオロアの言葉が途切れ、体が傾く。
倒れそうになる彼をタタは慌てて受け止めた。
彼は目を閉じておりタタの呼びかけにも応じない。呼吸はしており脈もある。
シェグルには呼吸が不要で脈もない。セオロアはシェグルではあるが、可能な限り人族の体を模倣しているため呼吸をし脈もある。
よほどのことがなければ呼吸も脈も止まらない。とはいえ、自主的に止めることもできると彼は言っていた。
だからそれらが止まっていないのであれば最悪な状況ではないはずだ。
「俺はセオロアさんを地下の避難部屋へ運ぶ」
避難部屋とは、魔物や犯罪者、災害といった危機的な状況から身を守るため頑丈に作られた部屋のことだ。タタの自宅にある避難部屋は内外からの攻撃に強く作られている。もしセオロアが暴れたとしても、いくらか時間稼ぎができるかもしれない。
「シーナは優先的にミラ、アル、アントンにこのことを伝えてくれ。偶然会ったら順位に関係なく伝えてくれていい」
誰がこの事態を伝えるかについて考えたタタは、セオロアとシーナを2人きりにするのは危険だと判断した。
シーナを1人で外出させることには不安があったものの、知り合いも多くなりミランダの自宅までそう遠くないからこその指示だった。
しかし、シーナは首を横に振った。
「セオロアさんがどんな状態か分からないのに、1人になるのは危ない」
タタがシーナを心配するように、彼女もタタを心配していた。
問答する時間ももったいない。タタはシーナと共にセオロアを地下の避難室へと運んだ。
幸いにも、セオロアが途中で暴れだすようなことはなかった。
2人はセオロアをベッドへと寝かせた後、避難部屋から出た。
どちらかが1人になるよりも、アルバーノたちにこの状況を伝えるため伝書ができる鳥に手紙を持たせることになった。
待っている間はセオロアの様子を避難部屋の外から窺い、少しでも危険を感じれば逃げるということで話はまとまった。
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