番外編 セオロアが行う定期健診(2/4)

 シークの定期健診を終えたセオロアはタタの自宅へと向かった。


 シーナと仕切り用の板を挟んだ先にタタが控えている一室での定期健診だ。

 特に問題はなく彼女は健康そのものだった。

 健診が終わったことをセオロアが告げると、タタが仕切り板の後ろから姿を現しシーナと隣に立った。律儀な彼はセオロアにお礼を言った。


「何か気になることや聞いておきたいことはありますか?」


 彼はいつもの質問を行った。

 検診前にも似た質問をしているが、それは身体面のことである。

 検診後の質問には日常生活など広い範囲についてだった。


「……セオロアさんには感情がまだないっていうのは本当?」


 シーナはやや躊躇ためらいを見せ、じっとセオロアを見つめながら尋ねた。

 セオロアにとって想定外の質問だ。


「それを聞いてどうするんです? 『ある』と言って欲しいですか? それとも『ない』と言った方が良いでしょうか」


 彼はシーナを見ながら無表情に答えた。


「どちらでも構いませんが、以前にも言ったように私には感情がありません」


 シーナが何かを言う前に続け、聞きたいことがそれだけならとセオロアは椅子から立ち上がり部屋を出て行こうとする。


「私はセオロアさんに感情を持って欲しい」

「思うだけならどうぞご自由に。では失礼します」


 足を止めることなくセオロアは言った。


「シーナがまだ話しています。きちんと聞いてください」


 退出しようとするセオロアの前にタタが立ち塞がる。

 セオロアは足を止めた。


「次の予定もあるので手短にお願いします」


 少しの間無言で互いを見る2人だったが、折れたのはセオロアだった。

 彼は再び椅子に座った。シーナがタタにお礼を言う。


「私がセオロアさんに感情を持って欲しいと思ったのは、私が今楽しくて幸せだからなの」


 感情が芽生える前、考えることはできてもその全てが計算に基づいた答えしか出なかった。


 セオロアの施設で目が覚めた時もそうだ。見知らぬ場所にいて知識はあっても記憶はない。

 不安や死の恐怖すらもなかった。しかし、何をするにしても状況把握は必要だと判断して部屋を調べることにした。

 発見した紙には指示が書かれておりその指示に従った。

 いなくなっていく仲間を見ても何も感じることはなかった。


 しかし、今は違う。タタたちや町の住民との交流はとても楽しく、とても温かいものだと感じている。

 感情がなかった時以上に頑張ることができるようにもなった。


 自身を含め他のシェグルも感情を得たのであれば、セオロアだって感情を持てるはずだ。

 セオロアは感情がないからシェグルたちに酷い実験を行ったのであって、彼も本当は良い人なんじゃないかとシーナは考える。

 彼に対しての恐怖や怒りは消えていない。けれど、だからといって彼が不幸になればいいとは思わなかった。

 自分が幸せだからこそ、彼にもその幸せを経験して欲しい。


「感情があるということは、良いことばかりではありません。良い面もあれば悪い面もあります」


 無感情をゼロとし良い面をプラス、悪い面をマイナスと仮定すると、感情があることで数値は常に揺れ動くことになる。

 ずっとプラスのままであることもあれば、マイナスのままになってしまうこともあるのだと彼は説明した。


「感情があるということは、その不安定さにずっと晒されるということです。プラスの時はいいでしょう。ですが、マイナスの時は? 感情がなければゼロのまま、変化することはなく安定します」


 シーナは感情が芽生えてからまだ日が浅い。

 それでも彼の言っていることが分からないわけではない。

 感情のおかけで幸せなこともあれば、感情のせいで苦しくなることもある。

 彼女の経験している苦しみの大半は彼が原因であり、あなたがそれを言うのかと咎めたくなる気持ちはあった。


 だが、この話し合いを打ち切られてしまわないためにシーナは堪えた。


「マイナスがあるからといってプラスごと捨てるのは勿体ない」


 野菜の形が悪いからと捨ててしまっているようなものだ。

 店で売ることはできないとしても、自分たちで食べてしまったり料理に使用することはできる。

 損害になるようなことでも、工夫次第でその損害を減らせる。


 と、シーナが親しくなった八百屋の奥さんは言っていた。


「これからあなたは様々なことを経験していくでしょう。その中で1度は思うはずです。『感情なんて、なければ良かったのに』と」


 まるで彼の実体験でもあるかのように、その言葉には説得力があった。


「もう何度も思ったよ」


 シーナが悲しそうに微笑む。

 そんな彼女を支えるようにタタは彼女の手を握った。


 シーナは自分の考えを彼へ話すことにした。


 まだ感情を持っていないかったとはいえ、指示されるままに他のシェグルに対して実験を行ったこと。

 1人で施設から逃げ出したこと。

 体が崩れ始めて死を感じたこと。

 シーナにとってどれも胸が締め付けれられる辛い経験だ。


 これほど苦しい思いをするのであれば、感情なんてない方が良かった。


 だが、感情がなかったために間違ってしまったこともある。

 何より、タタたちと楽しく過ごせたのは感情があったからだ。

 苦しいことから逃げるために、楽しかったことまで切り捨てたくない。


 それがシーナの出した答えだった。

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