番外編 セオロアが行う定期健診(1/4)

 報告会の2日後、ミランダの自宅にてセオロアの定期健診がシークに対して行われた。


 整理整頓された客室で、健診にはミランダが付き添った。特に問題はなく彼は健康そのものだった。

 健診終了を告げるとミランダは彼へお礼を言った。


 シークに尋ねても特に気になることはないとのことだった。


「あなたに感情が芽生えたかもしれないという話を聞きました。それについてどう思いますか?」


 セオロアの問いにシークはやや沈黙をした後に口を開いた。


「まだ確かなことは言えませんが、これまでには感じたことのないような不思議な感覚を覚えることがあります」


 作った料理をミランダが美味しそうに食べる姿を見た時。

 興味のあるものを見つけて彼女が楽しそうに調査をしている時。

 つい長時間を掃除に費やして心配された時。


「そういった時に何だか心地良さを感じます」


 それはつまり、嬉しいということなのだろう。

 だが、その辺りの情操教育に口を出していいのか分からなかったため、セオロアは何も言わなかった。


「では逆に心地悪さを感じたことはありますか?」


 彼の問いにシークは頷いた。

 先ほどは照れ臭そうにしていたミランダが気まずそうにシークを見る。


「1人で家にいる時間が長い時です」


 仕事で家に帰れないことがあることは理解している。

 特に彼女の帰宅が遅れた時は落ち着かないのだという。

 何か問題が起こって大怪我をしていたらどうしよう、と悪い想像が浮かぶ。


 同じ家なのに、ミランダがいる時といない時とではまるで違う。


 そう話すシークは理由までは分かっていないようだが、しっかり感情があるようだった。


「不安や寂しい思いをさせちゃってごめんね。心配してくれてありがとう」


 ミランダは思わずといった様子でシークを優しく抱きしめた。

 シークの方はというと、言語化された自身の感情を確認するように呟いた。


「そう思うことは迷惑ではないですか?」

「そんなことない。むしろ慕われてることが分かって嬉しい」


 シークは甲斐甲斐しくミランダの世話をするが、その理由は行く先の決まっていなかった彼を引き取ったからだった。

 衣食住の恩を返すという理由だけなら、ミランダがいないことで寂しく思ったりはしないだろう。


 セオロアが咳払いをする。

 それに気がついたミランダはシークを離した。


「シークに感情が芽生えたなら聞いておきたいことがあります」

「シークのこと、渡すつもりはないですから!」


 彼女はシークを守るように再び彼を抱きしめた。


 セオロアは感情についての研究を行っていた。感情を持ったシーナのことを研究したいと言った前例がある。

 シーナからはすでに拒絶されており、シークに目標を変更したのではないかとミランダは考えた。


「そのつもりはありません。別のことです」


 そんなミランダの言葉をセオロアは否定した。

 だったら何が聞きたいのかと2人がセオロアを見る。


「シークは私に恨みはありますか? もしあるというのであれば、可能な限り責任を取るつもりです」

「具体的にどう責任を取るつもりなんですか?」


 セオロアからの突然の申し出とその内容にミランダは驚いてシークを見た。

 シークは落ち着いており、彼女は少しだけ安心した。注意をしつつも様子を窺う。


「私の命も含めて、1つしかないようなものを所望であればシーナの希望を聞いてからになります。例外もありますが、それ以外であれば可能な限り指示に従います」


 ミランダは天を仰ぎたくなった。

 セオロアは未だ感情がないようで、自身の生命に関しても執着がないらしい。さらに驚くべきことは、アントンからも許可を得ているいうことだ。


 取り返しがつかない重要な事柄であるだ。できればアルバーノたちとも話し合いたい。

 しかし、シークの気持ちも大切だ。


「ミランダさんと相談してから返事をしたいと思います。この部屋で待っていてもらえませんか?」


 セオロアは承諾し、シークに促されてミランダは部屋を出た。

 そのままシークの部屋へと移動する。


「シークくんはどう考えてるの? セオロアさんのこと、恨んでる?」

「まだ良く分かりません。少なくとも今は彼の命が欲しいとは思っていません」


 シークの感情が芽生えたのはつい最近で発達している途中だ。

 すぐに答えを出すことは危険だとミランダは判断し、シークに対してセオロアへの回答は保留することを推奨した。

 彼も納得した。


「セオロアさんの『責任を取る』という発言に関しては一旦保留として、それ以外に言っておきたいことがあります」


 言っていいのか判断がつかなかったとシークが言うので、ミランダはその内容を聞いてみた。


「特に問題はないと思うよ。セオロアさんに伝えよう」


 打ち合わせも終わり、2人はセオロアの待つ客室へと戻った。

 セオロアは特に何かをしているわけではなく、2人が客室を出た時と変わらずソファーに座っていた。


 彼の正面にあるソファーへ2人は座り、まずは彼を待たせてしまったことを謝罪した。彼もその謝罪を受け入れる。


「セオロアさんの申し出については一旦保留にさせてください。まだ自分の感情というものに関して疎いので急いで答えを出すことは危険だと思いました」


 シークの言葉にセオロアは了承した。

 セオロア自身、この場での返答は期待していなかった。


「それから恨んでるいるかどうかについてですが、今のところは恨んでいません」


 もっと感情を理解できるようになったら変わるかもしれませんが。と前置きしてからセオロアのことを恨んでいない理由を彼は話した。


「セオロアさんなら、どんな指示であっても従うように私たちを作れたのではないですか? ですが、私もシーナも自分で考えて行動することができました」


 なぜ彼がシークを含め他のシェグルたちの支配を完全なものにしていないのか疑問があった。実験に必要なことだったのかもしれないが、結果としてシークはセオロアではなくミランダたちを手助けしようと決めた。

 酷いことはされたが、出された指示に従ったのもまた自分たちだ。言われるままに行動した責任は自身にもあるとシークは言った。


「あなたの考えは分かりました。しかし、指示を出した私に責任があることは事実です」


 また考えておいてください。と言ってセオロアは話を終え、客室から退室した。

 ミランダとシークも彼を引き留めることはしなかった。

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