番外編 セオロアが行う定期健診(4/4)
セオロアが倒れてから30分が経った。
彼が眠っている間にアントン、ミランダとシーク、アルバーノの順で合流した。
避難部屋に魔道具の窓がついている。一般的な窓として使用することもできるが、中から外、外から中というように一方から見ることもできる。現在は避難部屋の外からのみ見れる状態になっていた。
また、声を伝えることのできる魔道具が備え付けられており窓と同様に設定できる。今は部屋外からの声は中へ聞こえないように設定されていた。
ほどなくしてセオロアが目を覚ました。
勢い良く体を起こすと、痛むのか片手で頭を押さえて顔をしかめている。
少しして頭痛が落ち着いたのか、手を下ろすと辺りを見回した。
涙は止まっており、暴れることもない。
ただ、彼の様子はどこかおかしかった。
口元に握った右手を当て、
どうにも彼は不安そうだった。
「彼と話しても良いでしょうか?」
セオロアとの対話に名乗りを挙げたのはアントンだった。
「許可できません。あまりに危険です」
もっともな理由でアルバーノが止める。
「大丈夫です。僕の魔法の頑丈さはご存知でしょう?」
セオロアの研究施設でも行った問答。
すでに1度、答えは出ている。アルバーノは反論できなかった。
「……十分に注意してくださいよ」
「えぇ、もちろんです」
心配そうなアルバーノにアントンは笑顔で答え、セオロアのいる避難部屋への扉を開けた。
「ヒッ」
扉が開く音に反応し、彼は怯えた表情で小さく声を漏らした。
「セオロアさん、大丈夫ですか? 倒れたと聞いて駆けつけました。僕のことが分かりますか?」
そんな彼の姿を見たアントンは無理に近づこうとはせず、穏やかな微笑みを浮かべて尋ねた。
「……気分は最悪ですが大丈夫です。アントンさんのことも、私がやってしまったことも覚えています」
彼の言葉でアルバーノたちに緊張が走った。
セオロアに感情があることで良くも悪くも彼が変化したからだ。
しかし、アントンはとても落ち着いていた。
「感情が芽生えた――いえ、感情が戻ったんですね」
確信を持って告げられた言葉にセオロアは苦笑いした。
その直後、彼は静かに涙を流し始めた。
幸いと言うべきか、今度は倒れなかった。
「思い切り泣いてしまえばすっきりするかもしれません。僕で良ければ胸を貸しますよ」
本気か冗談か、穏やかに言うとアントンは両手を広げた。
彼の行動にアルバーノが頭を抱える。
セオロアと1対1で話すことをアルバーノが許可したのは、アントンの土魔法が強固で自分の身は守れるだろうと判断したからだ。
抱きしめるほどの距離へ近づけばそれも困難になる。
すぐに部屋へ入って止めるべきかとアルバーノは思考を巡らせる。
だが、アントンの申し出をセオロアは断った。
「タオルです。差し上げます。他にも必要なものがあれば言ってください」
アントンは真っ白なタオルを掛け布団の隙間から中へ入れた。
ハンカチでは彼の涙を吸いきれないと判断してのことだった。
「セオロアさんに何が起こったのか、今はどういう状態か聞いてもよろしいですか?」
少しして落ち着いた彼にアントンは尋ねる。
セオロアはやや沈黙した後に話し始めた。
アントンが言ったように、以前のセオロアには感情があった。
だが、生きていく中でとても辛い経験をし、感情に苦しめられるようになったのだと言う。
「だから私は感情を消すことにしました」
そのために自己管理機能の1つとして感情抑制の仕組みを作った。
ここで言う自己管理機能というのは人間でいう神経のようなもので、今回の場合は自律神経――心臓の鼓動や血液の循環、消化といった無意識のうちに動いている機能のことだ。
「感情抑制は無事に行われました。それがアントンさんも良く知っている私です」
しかし、感情抑制にはいくつか問題があった。
認識の違いであったり、感情を置き去りにした効率重視の考え方への変化などだ。
感情を持っていた時のセオロアはシェグルも人間同様に考えていた。だが、感情をなくした彼にとってシェグルはシェグルでしかなく、どう扱っても構わないものとなってしまった。
感情をなくした後にシェグルたちを使った実験を行うなど彼は予想もしていなかった。
「今さら何を言っても言い訳にしかなりません。彼女たちにあのような
そう言って彼は顔をタオルで押さえた。
「シーナちゃんもセオロアさんのことを許すと言ったでしょう? 幸せになって欲しいとも。僕にはセオロアさんがどれほど辛い目にあったのか想像することしかできませんが、間違っていたことに気がついたのならこれからやり直しませんか?」
アントンが優しく語り掛ける。
セオロアが手伝ってくれると自分も助かるのだと。
「……もちろんそのつもりです」
彼は顔からタオルを離し、微かに声を震わせながら答えた。
もう少しセオロアの気持ちに寄り添いたいが、まだ分かっていないことがある。
「セオロアさんに感情が戻ったきっかけは何ですか? また感情がなくなるようなことは考えられますか?」
あぁ、それは。とセオロアが話し始める。
「感情抑制機能に問題がありました。喜怒哀楽といった基本的な感情は抑えていたのですが、感動についての設定が抜けていました」
そのせいでシーナの言葉に感極まってしまった。強い感情に晒されたことで他の感情も抑えが利かなくなり、ダムが決壊するかのように感情が溢れ出した。
その結果として意識を失い倒れることとなった。
「また感情がなくなるかについてですが、感情抑制機能は止まっているので大丈夫です。動かすつもりもありません」
「分かりました。何か問題があれば遠慮せずすぐに言ってください」
彼の言葉にセオロアは頷いた。
彼が経験した辛い出来事についてもアントンは聞いておきたかったが、それはあまりに彼の内面に踏み込みすぎではないだろうか判断した。
聞けば答えてくれるかもしれないが、自分だけならともかくアルバーノたちもこの会話を聞いている。
前のように石で覆って聞こえないようにしても良いが、それではアルバーノたちの不信感を強めてしまうだろう。
「詳しく話してくれてありがとうございます。1度外へ出てこのことを伝えてきます。話がまとまるまでここで待っていてください」
だからアントンは、この話自体を終わらせることにした。
部屋から出たアントンはアルバーノに注意をされた。それには謝罪をし話し合いを行う。
シーナたちがそうであったように、セオロアもしばらくは様子見ということで外出は禁じて室内で過ごしてもらうことになった。
アントンやアルバーノたちが同行するのであれば外出もできる。
話し合いも終わりセオロアの元へ戻ったアントンがその内容を伝える。
彼は了承し、アントンと共に部屋を出た。
「セオロアさん」
シークに声をかけられセオロアは彼を見た。
「前に言っていた責任を取ると言う話についてですが、変更点はありますか?」
「いえ、変更はありません」
彼の言葉にアルバーノたちは驚き、困惑した。
なぜなら彼は、自身の命すら差し出すと言っていたからだ。
つまり、セオロアは感情があってもなくても己の命に執着がないのだ。
感情が戻っているからこそ、その執着のなさは彼の精神的な危うさを際立たせていた。
「内容について色々と考えたいので、しばらく待っていてください」
その危うさをシークも感じ取っていた。
だからこそ、少しでも時間を稼ぐことにした。
こうして、また別の問題が見えたものの彼らは解散することにした。
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