第068話 アントンさんからの提案

 昼食の準備が終わってもシーナちゃんは眠ったままだった。

 彼女が眠ってからそこまで経っていないけど、食事や移動するための準備があるかもしれないため彼女を起こすことになった。

 声をかけても目を覚まさなかったので、ローレンさんがシーナちゃんの肩に触れて緩やかに揺する。それで彼女は目を覚ました。


「ちょうど昼ご飯の準備が終わったところなんだ。一緒に食べないか?」

「味付けは僕がしたんですよ」


 ローレンさんの誘いに彼女は戸惑いながら了承した。


「さ、どうぞ」


 シーナちゃんは促されるまま土で作られたテーブルとイスへ着席する。


「食べよう」

「いただきます」


 2人が食事を始めたのを見てシーナちゃんも食べ始めた。

 それはそうと、アントンさんが両手を合わせていただきますと言ったことに驚いた。

 ラテルではそれなりに見るけどしていない人も多い。

 さらに言えば、トルトイアへ来てからは初めて見た。


「今のは何?」

「食事を始める前の挨拶みたいなものです。命をいただく食材と料理を作ってくれた人への感謝を示すものです」


 アントンさんの行動にシーナちゃんが不思議そうに尋ねた。彼が理由を話せば、食事を行っていたシーナちゃんもローレンさんも同じように手を合わせていただきますと言った。


「ちなみにですが、食べ終わった時には『ごちそうさまでした』と言います。こちらも命をごちそうになったこと、手間暇をかけて料理を作ってくれた人への感謝を示します」

「初めて聞いたけど素敵な習慣だな」

「僕も友人から教えてもらったんです」


 その友人、「いただきます」だけでなく「ごちそうさまでした」まで知ってるんだ。

 アントンさんも自然な振る舞いだったし、習慣化していそうに見える。


 これまでにも考えたことがあるんだけど、私という一例がある以上は私以外の転生者がいてもおかしくないと思うんだよね。

 もしかしてその人が広めた? でも、食事の前のお祈りとかする宗教もあったと思うからそうだとも言い切れないか。


 まだ何とも言えないものの、私は彼の行動を見てその可能性を感じた。


 昼食後、全員で「ごちそうさまでした」をしてからシーナちゃんに研究施設の大まかな場所を聞いた。大まかになってしまったのは彼女が正確な場所を知らなかったからで、彼女の印象に残ったものから測量した結果だ。猫っぽい岩とか楽しそうな木とか、何でそれで分かるのっていう情報でもアントンさんには伝わったようだった。

 猫っぽい岩は分かりそうだけど、楽しそうな木って何よ? 何でそれで分かるの?


「研究研究施設があるのはおそらく、レストーネの南にあるテルミアの森でしょう。このまま南下してレストーネへ寄り、ラナのことを報告してから向かうことができます」


 それで問題ないということで片づけをしてから出発することになった。


 シーナちゃんにも準備をするように言えば彼女は花たちへと近づいていった。

 巨大な花のつるを握ったり撫でたりし小さな花に対しては屈んで花を撫でてから立ち上がった。

 花たちは蔓でシーナちゃんの頭を撫でたり花を彼女に擦り付けてた。


「行ってくる。一緒にいてくれてありがとね」


 優しく言ってから彼女は私たちの方へと戻って来る。


 シーナちゃんはローレンさんと一緒に私の上に乗った。顔や肌を見られるとまずいので彼女はマントで全身を隠してフードを目深に被っている。

 レストーネへの道中では、どうすればシーナちゃんを助けられるかということを話し合うことになった。


「案1、他者の力を借りず研究施設から研究資料を見つけ出す。案2、領主様へ報告して動いてもらい、かつ研究資料が回収されて治してもらうことを期待する。この2つは現実味がないと言いました」


 案1の利点は動きやすいこと、問題点は研究内容が高度なことから警備も厳重であることが普通であり、戦力が不足して返り討ちに遭う恐れが高いこと。

 案2の利点は騎士団など他者に任せることで私たちは安全でいられること。問題点は研究資料が見つかったとしても他者に回収されて手が出せず、領主様に判断が委ねられた場合は倫理の面から破棄されてしまう恐れが高いこと。


 案について簡単な説明をした時にアントンさんは親指と人差し指を立てながら話した。

 その後、彼は眼鏡を位置を直して3本目である中指を立てた。


「案3、領主様へ報告し騎士団を矢面に立たせながら、秘密裏ひみつりに動き研究資料だけをいただく」


 アントンさんが声を潜めて言う。


「利点は騎士団がいることでそちらへ注意を逸らすことができ、騒ぎに乗じれば戦闘を回避できること。問題点は、これはこれで難しく安全とも言えないことです。それどころか下手をすれば騎士団に関係者として捕まるか、場合によっては指名手配犯になるリスクもあります。それでも、2つの案より可能性はあると僕は考えます」


 確かに他の案と比べて案3は可能性があるように感じる。でも失礼だけど、ローレンさんに隠密行動ってできるのかな?


 騎士団たちと協力するパターンはどうだろうとローレンさんは尋ねたけど、ローレンさんは冒険者でもなく一般人扱いであるため同行許可はまず下りないだろうとのことだった。

 それなら、研究施設へ入って出て来なくなったと報告して救助対象となればどうかという案も出た。指名手配犯になることはないが、騎士に見つかれば保護するために追われることは変わらない。さらに人命救助が目的となれば、すぐに動くことが優先され対策や準備が不十分な状態となることが考えられるそうだ。


「1つ重要なことを言っていませんでしたね。研究施設内部へ侵入するのであれば、僕のことは頭数に入れないでください。僕は商人です。僕からすればどの案もリスクが高く、そのリスクを冒してまで計画に参加するほどのリターンが見込めません。できれば案3の提案すらしたくありませんでした。それでも提案させてもらったのは僕なりの誠意です」


 僕からは以上です。そうアントンさんは締めくくった。

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