番外編 シーナとタタ(2/3)

 仕事を終えてタタが帰ってきたのは、そろそろ日付が変わるという時刻だった。

 自宅の明かりはすでに消えており、タタは鍵を開けて静かに中へ入った。


 夜は互いの自室で就寝している。シーナもすでに眠っている時間だ。

 それでも念のため、シーナがいることを確認しようと彼女の部屋へと向かった。


 コンコンとかなり控えめなノックが響く。返事はない。


 シーナは耳が良い。起きているなら聞こえているはずだ。

 眠っていることも考えられるが、眠らなくても良いという彼女の眠りは浅い。

 ただ、今日は出かけたため疲れていたなど眠りが深くなっている可能性はある。


 少し考えた後、タタはドアノブを回した。

 鍵はかかっていない。扉を少しだけ開けると背中を向けるようにしてベッドの上で横になっているシーナの姿があった。


 タタは通れるくらいに扉を開けると静かにベッドへと近づく。

 シーナは反応しない。


「なぁシーナ。起きてるんじゃないか?」


 確信はなかった。


「……何で分かったの?」


 しかし、シーナは気まずそうに言って振り返った。


「これまでの経験かな。シーナの考えてること苦しんでること、良かったら話してもらえない? 無理にとは言わないから」

「……言いたくない」


 ベッドに腰かけるとタタは彼女の頭を撫でながら穏やかに言った。

 シーナは迷うように視線を上げたり下げたりした後、目を逸らしながらポツリと答える。


「ん、分かった。じゃあ俺の話を聞いてくれないかな?」


 何を言われるんだろうと不安そうにしながらも、シーナは了承し起き上がった。

 しかし、タタの話は彼女の思った内容とは違った。


「孤児だった俺は物心ついた時には暗殺者を育成する組織に育てられたんだ」


 タタは施設で同世代の子どもたちと訓練を受けた。その訓練も厳しく命を落とす者は多かった。

 訓練での死者が出なくなってからしばらくして新たな命令が下された。


「子どもたち同士での生き残り戦が始まったんだ」


 厳しい訓練の中で芽生えた仲間意識や情があった。しかし、暗殺者にとってそれは邪魔でしかないのだろう。

 生き残るための裏切りが疑心暗鬼を生み、絆や友情は脆くも崩れ去った。


「生き残った子どもは5人に1人だった。そんなことがあった直後、施設は発見され俺たちは助け出された。生き残りはそれぞれ別の孤児院へ預けられた」


 その孤児院での生活は平和そのものだった。常識を知らないにもかかわらず他の子からいじめられることもなく、むしろフォローさえしてくれた。


「でもな、平和な日々を過ごせば過ごすほどに俺の中で様々な感情が膨らんでいったんだ」


 他者を手にかけたことのある自分の手は汚くて、他の子たちに触れてはいけないんじゃないか。自分なんかが彼らと関わっちゃいけないんじゃないか。

 これまでの行いを彼らに知られるのが怖い。

 命を奪うことになった相手にも、こんな未来があったかもしれない。

 もっと上手く立ち回れていたら犠牲者は少なかったかもしれない。


「良い人ばかりだったからこそ、自分の異常さをはっきりと見せられたような気がして苦しかった」


 シーナはタタの話を聞いて息が詰まった。

 なぜなら、彼女も似た苦悩を抱えていたからだ。


「……その苦しさってなくせたの?」


 問われたタタは考えるようにうなり、シーナは真剣にその様子を見つめる。


「なくなったとは言えないけど、たまに感じるくらいで当時ほど苦しくない」


 彼女を見つめ返しながらタタが答えると、シーナは何か言いたそうに口を開ける。しかし言葉は出ないようだった。

 きっと彼女は慰めようとしてくれているんだろう。自分だって思い悩んでいることはあるのに。


 そんなシーナの優しさを感じたタタは小さく笑って口を開いた。


「この前みたいにシーナの力になることができた時とか、仕事をこなしてアルやミラの役に立てた時とか、自分はこの場所にいていいんだと思えるようになった」


 そう言ってからタタは微笑んだ。


「だからもし、シーナが俺に迷惑をかけているんじゃないかとか、このまま一緒にいていいのかとか悩んでいるのなら、そんなことはないから」


 シーナを助けたことで過去の自分を助けられたような気がした。こうして彼女と過ごすことで少しでも彼女が救われたらとタタは思う。


「……なんて色々話したけど、見当違いだったら恥ずかしいな。その時はそういう考え方もあるんだ、くらいに思ってくれたら嬉しい」


 じゃあおやすみ。と、シーナの頭を撫でようと伸ばされた手は途中で止まった。

 少しだけ困ったように、何とも言えない曖昧な微笑みを浮かべるタタの手をシーナが捕まえる。


「嫌じゃない。嫌じゃないから触ろうとするの止めないで」


 様々な感情がい交ぜになり、自分でも分からないままにシーナは泣いていた。

 1度泣き始めると止めることは難しく、声を震わせ涙を零しながら思うままに話した。


 セオロアの施設で何もせず実験を見ていたこと、止めることもできず逃げ出したこと、その後も何もできず1人で過ごしていたこと。

 もっと上手く動けていたら。そんな罪悪感にシーナはさいなまれていた。

 罪悪感以外にも彼女は大きな不安を抱えていた。


「人間じゃないのに、このままタタさんと一緒にいていいのか悩んでたの。あの人の話だと、私は人を刺すことができないはずだった」


 しかし、シーナにはそれができてしまった。セオロアは人間ではなかったが、刺した時には人間だと思っていたのは確かだった。

 その気がなくても、何がきっかけでタタを傷つけてしまうか分からない。

 それがどうしようもないくらいシーナにとって恐怖だった。


「大丈夫。大丈夫だから」


 タタはそんな彼女の心の内を受け止め、シーナを抱きしめると頭を撫でながら話を聞き続けた。

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