番外編 シーナとタタ(3/3)

「ご、ごめんなさい」


 すっかり泣き止んだシーナは、大泣きしたことを恥ずかしく思いながらタタから体を離した。

 その時に自分の涙などで酷く濡れてしまった彼の服に気がついた。


「全然。話しにくいことを話してくれてありがとう」


 タタは嫌な顔を1つせず微笑むとシーナの頭を撫でた。

 それから少ししてタタが小さく笑った。不思議そうにするシーナを見て彼は理由を話した。


「実はシーナと同じように考えたことがあったんだ」


 孤児院で平和な日々を過ごしたタタは、次第に『ここに自分の居場所はない』と思った。

 町の外にはいくらか離れているとはいえ川や森があった。訓練の一環でナイフ1本を持たされて山へ放り込まれたことがある。そんな状況でも生き延びたことがあったから1人でも生きていけると思った。


 だからある日の夜、こっそりと孤児院を抜け出した。


「でも、町を出ようとした時に孤児院の職員から声をかけられた」


 その職員は黒の修道士服を着た20代後半ほどの年齢で長身に細身の男性だ。肩へ届かないほどの金色の髪に糸目で黒縁の丸い眼鏡をかけていた。


「とても穏やかで怒ったところなんて見たこともない。こう言ってはいけないんだけど、頼りない感じの男性だった」


 タタは彼の言葉には答えず、無視して行こうとした。

 しかし、腕を掴まれたため仕方なく彼の意識を奪うことにした。


 まだ子どもではあったが、一般人よりは強いという自信があった。

 だが、彼はタタよりも強かった。


「あの時は驚いたな。手も足も出なくて普通に連れ帰られた」


 それからも夜が駄目なら昼、昼が駄目なら彼が出かけていない時、それも駄目なら眠り薬を飲ませてから町を出ようとした。

 結果として、彼から逃れることはできなかった。


 そして、捕まる度に駄目出しをされた。


「夜が失敗したので昼間ということですか? 分かりやす……いえ、別の状況で試すというのは良いことですね」

「私が出かけている時なら出られると思いましたか? もちろん、対策済みですよ。仲間が教えてくれたのでダッシュで用事を終わらせました」

「おや、眠り薬が入っていますね。苦味があるので少し口に含んだだけでも分かりました。私は毎晩快眠しているのでこのような気遣いはいりませんよ。あぁ、せっかく淹れてくれたのですから全ていただきます。この程度では眠らないので」


 ただ駄目出しをされるわけじゃない。こちらを挑発する一言が加えられる。

 それが彼を出し抜いてやるというタタの目標となった。


「それも先生の狙いだったんだろうな」


 他にも夜ならココアやスープを出されたり、昼なら屋台で焼き鳥なんかを買ってくれた。出かけた時にはお菓子のお土産、眠り薬を盛った時にはリクエストした料理を作ってくれた。それらを食べながら彼の話を聞いた。


「これがまた美味しくてな」


 そう言ってタタは懐かしそうに目を細めた。


「何度も繰り返しているうちに馬鹿らしくなってね。どうすれば町を出ることを許してくれるかを聞いたんだ」


 出された条件に納得できたこともあり、それからはその条件を達成するために頑張った。


「先生はただ強いだけじゃなくて俺に色々なことを教えてくれた。今の俺がいるのはその人のおかげだって言える」

「凄い人だね。私もその人に会ってみたいな」


 孤児院を出てから数年の間は手紙でのやり取りをしていた。しかし、仕事が忙しくなるにつれて疎遠になってしまいもう何年も連絡を取っていない。

 距離があるから簡単には会いに行けないものの、長めの休暇を取れたら会いにいこうと2人は約束した。


「まずは手紙を書いて連絡しないと。シーナも一緒に考えてくれないか?」


 シーナは嬉しそうに返事をした。

 そんな彼女の反応を見て、これからも何か頼もうとタタは考えた。

 自分も彼からの頼み事が嬉しかったように。


 タタとしては彼女が健やかに過ごし成長できるのであればそれでいい。だが、養われているだけでは委縮してしまう恐れがある。

 それに、誰かの力になることで自分にも居場所があると実感できるかもしれない。


「興味があるならその人の話をする。でも、今日はもう遅いから寝ような」


 タタに促されたシーナは大人しくベッドで横になり布団を体へかけた。

 それでも目を閉じず、彼女は何か言いたそうにしていた。


「……タタさん、一緒に寝てくれない?」


 急かさず待っていれば、シーナは恥ずかしそうに言った。

 タタは了承し、彼女の隣で横になると手を繋いだ。


 彼女が人間ではないことはもちろん分かっている。それでも、タタにはシーナが年相応の少女にしか思えなかった。


「おやすみ」

「おやすみなさい」


 シーナは安心したように微笑むと目を閉じる。

 やがて彼女が寝息を立て、繋いでいた手が緩んだ後にタタも目を閉じた。

 そうして2人は眠りに就いた。




 翌日、成長したシーナが駄目男と付き合っているという悪夢を見たタタは、それが夢であったことに心の底から安堵した。

 そして、時期を見て素行調査の仕方や悪意を持って接近してくる者の見分け方、共依存の怖さなどを彼女へ教えることを心に決めた。

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