番外編 シークとミランダ(1/3)
「んー、美味しい」
お昼時、ミランダはシークの作った昼食に舌鼓を打っていた。
シークがミランダの家に来てからすでにそれなりの日数が経っている。
彼は甲斐甲斐しくミランダの世話を焼いた。
食事作りを始め家事全般をこなし、ミランダはこれまでにない快適な生活を提供してもらっている。
彼は整理整頓も上手だった。集めた本や魔道具などの雑貨の目録を渡された時には目が点になった。
スケジュール管理も完璧でミランダよりも効率的に予定を組んだ。
彼らシェグルは基本的には感情を持たず、与えられた指示に従う種族らしい。
だが、それらの家事はミランダが指示をしたわけではない。どれも彼が自主的にしてくれたことだ。
助かってはいるものの、働きすぎるシークが心配だった。
「そんなに動き続けなくてもいいよ?」
「たまには何もせず休んだらどう? 休憩も大切」
「掃除の人を呼ぶから無理に掃除する必要はないよ」
だからこれまでにもやんわりと止めてきた。
「何もしない方がいいでしょうか?」
「特に疲れていませんが、休んだ方がいいでしょうか?」
「私の掃除ではいたらないところがあったでしょうか?」
しかし、その度にシークはミランダに尋ね返していた。
セオロアはシーナだけが感情を持っているような振る舞いをしていると言っていた。
しかし、シークがセオロアの命令に背いたのは、感情があったからなのではないだろうかとミランダは思う。シーナに感情が芽生えたのであれば、シークや他のシェグルたちにだって感情が芽生える可能性はあるはずだ。
というか、すでに感情があるのではないかと彼女は感じていた。
分からないことは聞いてくるものの、普段のシークはこのように聞き返してこない。
だから「嫌だ」と言われているような気がした。
そんなことを考えている間に食事を終え、それを見たシークが食器を下げる。お礼を言ってミランダは彼を見送った。
「水のおかわりはいりますか?」
「ありがとう」
シークがミランダのコップに水を注ぐ。
まさに至れり尽くせりだ。
「シークくんて何か趣味はある?」
「家事でしょうか。それとミランダさんにお仕えすることです」
それは趣味なのか?
と、ミランダは不思議に思った。
「凄く助かってるけど、そんなに私の世話ばかりしなくてもいいよ?」
「何か余計なことをしてしまったでしょうか?」
ミランダが苦笑する。
「シークくんはどうしてここまでやってくれるの?」
問われたシークはやや間を置いてから答えた。
家に置いてもらっていること、食事をもらっていることへのお礼なのだという。
「最初にも言ったけど、私はシークくんを使用人として迎えたわけじゃなくて家族になろうと思っているの」
彼が家にやって来た時は、ひとまず過ごしやすいように過ごしてもらっていた。
するとずっと働き続けたのである。
だから今回は、ずっと働くのではなくてたまにはのんびりしたっていいのだとミランダは言った。
「それは大変ありがたいのですが、働く以外に何をしたらいいのか分かりません」
返ってきたのは仕事中毒の極みのような言葉だった。
「よし、新しい趣味を見つけよう」
このままではいけない。
ミランダは彼に新しい趣味を作ろうと考えた。
実際にやってみてあまり興味を持てないならそれでいい。
まずはやってみることが重要だ。
「これがやってみたいとかある?」
賭博などはまって欲しくないことを上げられたらその時に考えることにして、まずはシークの希望を聞くことにした。
しかし、残念ながら特にないと言う。
だったら物は試しと様々なことをした。
絵を描く、手芸、読書といった手先を使うこと。
格闘技、演劇、歌唱といった手先以外を動かすようなこと。
その結果、シークは前者に興味を示した。
「……味のある可愛らしい猫ですね」
「ありがとう」
ミランダもシークと一緒に絵を描いた。
悲しいかな。ミランダの描いた動物は馬だった。
対して、シークは絵を描くミランダを見事に描き上げていた。写実的ながらも水墨画の柔らかく温かみのある絵で、彼女が幼児の描いたような絵を描いているとは思えないほど立派な画家に見える。
「稲妻ですか? かっこいいですね」
お礼を言って微笑んだものの、ミランダとしては木を刺繍したつもりだった。
手先が器用なシークは見事に白い花を刺繍した。
ミランダが誉めると彼はそのハンカチを彼女へプレゼントした。
喜んだのを見て描いた絵も彼女へ贈る。
「やった。って、シークくんの趣味を見つけるためなのに貢がれてる」
喜んだ後で我に返ったミランダは自分の単純さに呆れた。
「ミランダさんに喜んでいただけることも含め、今後も続けたいですね。読書も知らないことを知れることが嬉しいです」
手先以外を動かすことに関してはあまり良い反応ではないものの、格闘技には反応した。
「知っておくことでいざという時に敵を押さえ込めるかもしれないので」
ただし、趣味というよりも実用的な意味合いが強かった。
「絵を描くのと刺繍はどういうところが良かった?」
これも実用性を重視しているのではないかとミランダは尋ねた。
それが悪いというわけではないが、どう感じたかはもっと聞いておきたいと思った。
「目に見える形で残ること、贈り物として喜んでもらえる可能性があること、それなりに集中して作業をできることが良かったです」
気に入ってくれたのならそれでいいか。
ミランダはひとまず様子を見ることにした。
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