第072話 テルミアの森

 覚悟を決めたとはいえやっぱり不安や恐怖はある。途中で何か起こるかもしれないと警戒しながら進むもびっくりするくらい何も起こらなかった。


 日も傾き、ローレンさんたちは野宿の準備を始めた。移動中も気になっていたんだけど、シーナちゃんの体から流れ出る魔力が出会った時よりも増えている。それが心配だったので彼女から目を離さないようにしている。


 野宿の準備を手伝っていた彼女は、思うように体を動かせなかったのかふらついて倒れそうになる。

 注視しているのが良かった。私はすぐに動いて彼女の前に滑り込んだ。背中に当たる小さな衝撃。


「大丈夫か?」


 ローレンさんたちもすぐに駆け寄ってくる。


「ご、ごめんなさい」


 シーナちゃんは慌てて起き上がろうとするも、足に力が入らないのかまたすぐに倒れそうになった。

 タタさんがすぐに彼女を支える。


「無理するな」


 彼はシーナちゃんをお姫様抱っこして敷いていた寝袋の上に寝かせた。


 それから話し合いが始まった。内容はこのまま野宿の準備を進めて夜を明かすか、野宿は止めてテルミアの森へ急ぐか、ということだ。

 急げば日没後2、3時間くらいで到着できるという。


「俺は急いだ方がいいと思います」

「アントンさんはどう考えますか?」


 ローレンさんの意見を聞いてタタさんがアントンさんへ問いかける。


「僕も急ぐに1票です。思っている以上に彼女の消耗が激しく、あまり時間をかけるとまずそうです」


 彼なら慎重に動くべきだと言いそうな気がしたけどその予想は外れた。

 タタさんもできれば急ぎたいと思っていたそうで、野宿は止めてテルミアの森へ向かうことになった。


 移動し続けたものの、すっかり日は落ちてしまった。幸いにも月明りのおかげで思ったよりも視界は良好だった。

 ようやく見えてきたテルミアの森。さすがに色までは分からないけど、葉をつけた木々が生い茂っている。


 その森の出入口には1人の少年が立っていた。

 顔や髪の長さは違うけど色味や雰囲気はシーナちゃんとそっくりだ。年齢は彼の方が高くてシーナちゃんの兄だと言われたら納得できそうなほどだ。シーナちゃんが小学生くらいで少年は中学生くらいだ。

 彼は上下共に半袖半ズボンの白い服を着てサンダルを履いていた。


「……シーク」


 シーナちゃんがポツリと呟く。

 もしかして一緒に生き残って作業をしていたって子?


 罠を警戒してタタさんが先行して少年に近づく。少し距離を置いてローレンさんたちは様子を見ることになった。


「お待ちしておりました。シークと申します。信じることはできないと思いますが、私たちはあなた方に危害を加えるつもりはありません」


 彼はそう言って胸に右手を添えてお辞儀した。

 彼の中にはシーナちゃんと同じように魔石がある。


「アルとミラを連れていった理由と方法は?」

「理由はシーナと関わった者として説明を行いたかったからです。方法は見ていただいた方が早いでしょう」


 タタさんの問いにシークくんはすらすらと答えた。

 何をするのかと様子を窺う私たちの前でシークくんは溶けて真っ黒の液体へと変化した。


 そして黒色のまま縦に伸びて手足らしきものが生えてくる。

 そのまま人の形が造形され、色付くとタタさんとそっくりになった。

 服装まで同じように見える。


「このようにタタ様のお姿を借りて2人を誘導しました。途中でバレてしまいましたが、懇切丁寧に説明した上でお願いすると同行してくれました」


 うわ、声まで同じだ。

 説明してからお願いしたって言ってるけど怪しいよね。


「あぁそれから、私がタタ様にバケられるのは例外的なものです。シーナにはできないでしょう」


 そう言われてもいまいち信用できない。見分ける方法はないかな?


 探知魔法で設定した名前は変化なしで魔力量とか魔石の有無も変化していない。それに匂いも違う。声は同じだけど話し方とかトーンは違う。

 あれ、見た目以外は結構違う?


 そんなことを考えているとシークくんは元の姿へと戻った。


「これからシーナを作った責任者のいる施設へご案内いたします。その前に休憩や準備、質問などはありますか? もう暗いですし出発は明日ということでも構いませんが、いかがしましょうか」


 彼の問いかけにそれぞれ顔を見合わせた。


「いくつか質問させてもらっていいですか?」


 アントンさんの言葉にシークくんは頷いた。


「化けたあなたを見分ける方法はありますか?」

「塩水に触れると溶けます」


 さらっと尋ねるアントンさん。

 いやいや、答えないでしょうと思っていると彼は即答した。


「試してみても良いですか?」

「構いませんよ」


 アントンさんが水に塩を溶かして塩水を作る。


「では髪の毛を数本ください」


 シークくんは言われた通り髪の毛を何本か抜くと彼に渡した。

 その髪の毛を塩水の入った容器に入れると、塩水に触れた瞬間に髪の毛から煙が上がりそのまま消えてしまった。


「他には何かありますか?」

「塩水以外に弱点はありますか?」

「私の場合、魔石を核としているのでそれが弱点です。あとは物理攻撃には強いのですが、魔法攻撃には弱いです」


 アントンさんはダメもとなのかグイグイ聞くし、シークくんもシークくんですんなり答えるから驚きだ。


「呼吸は必要ですか?」

「生命維持には不要ですが、発話や魔力回復の促進には必要です」


 呼吸が不要だと聞いて耳を澄ませてみる。確かに彼から呼吸する音は聞こえない。


 次にアントンさんは施設の内容と責任者についても尋ねたが、あまり知らないということで詳しいことは分からなかった。


「僕からは以上です」


 あまり時間をかけてしまうのは良くないだろうと質問を打ち切ったアントンさんが他2人を見る。2人は特に質問はなかったようでそのままアントンさんが代表して返答し、シークくんを先頭に私たちはテルミアの森へと入った。


 鬱蒼うっそうと茂る木々によって月明りは遮られ、森の中は非常に暗かった。魔道具のライトがあるとはいえ、私や馬に乗っての移動は向かない。

 かといって近くに置いていくとなると肉食動物に襲われるかもしれないため、手綱を引かれながら私たちもついていくこととなった。

 シーナちゃんはローレンさんが背負って運ぶことになった。


 蒼い森は獣道のような感じではあったけど道はあった。そういうことを考えると、普段あまり人が入るような森じゃないのかもしれない。


 森へ入って狼や熊なんかと遭遇した時、シークくんが飛び出して剣で戦った。強いって感じじゃないけど攻撃を受けてもすぐに体が再生していた。だからこそ、っていうのはおかしいかもしれないけど攻撃を避けようともせず突っ込んでいく。

 さすがに魔石がある胸辺りが攻撃を受けそうな時には避けたりするようだけど、彼の体は固いわけじゃないから体に穴が空いたり酷ければ腕が飛んだりする。


 それがとても心臓に悪い。

 可哀そうなことに、シーナちゃんは小さく悲鳴を上げてローレンさんの背中から顔を出さなくなってしまった。


「さて、行きましょう。何か不都合があったりする場合は気軽に声をかけてください」


 落ちた腕を拾ってくっつけながら特に気にした様子もなく言う。

 シークくん、会ってから今まで無表情なんだよね。それが気になる。

 もしかして感情がないとか?


「ちょっと待てシーク」

「何でしょうか?」


 先へ進もうとしたシークくんにローレンさんが低い声で声をかけた。

 彼が振り返った時、シークくんの腕はすでにくっついていて継ぎ目すら消えていた。


「何でそう無茶な戦い方をするんだ?」

「無茶? 見ての通り、私の体はすぐに修復します。痛覚も切っています。無茶はしていません」

「俺が言いたいのはそういうことじゃない」

「ではどういう意味でしょうか?」


 心底不思議そうにシークくんは首を傾げる。


「もっと自分を大切にしてくれ」

「私は自分を粗末にしているつもりはありませんよ?」


 真剣な表情で言うローレンさんに対してシークくんはやはり不思議そうにしている。

 ローレンさんは眉間に皺を寄せ苦い表情となり、上手く言葉が出ないのかアントンさんを見た。


「シークくん、ローレンさんはあなたの心配をしているんですよ。確かに傷は治っているようですが、君は胸を攻撃されそうになった時だけは避けていますよね? 今のような戦い方をしていて、胸元への攻撃をもし避けられないような状況になったらいくら君でもまずいんじゃないですか?」

「そうですね。失念していました。申し訳ありません」


 シークくんは素直に謝罪をした。


「私が消滅した時のことも考えて、先に施設の場所をお伝えしておくべきでした」


 続く彼の言葉にアントンさんは難しそうに唸った。


 そういうことじゃないんだよ。

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