第018話 屋敷の外
ここまで伸ばしてきた脱出用の結界の中を進む。
結界は途切れることなく繋がっていて視界も良好だ。空気もあって呼吸が苦しいということはない。
しかし問題もある。
屋敷は魔族が張った結界に包まれているのか、はたまた私の知らない魔法か、外と遮断されている状態になっていた。
探知魔法は屋敷の外に届かないし、外の音は何も聞こえない。
そのせいで外がどんな状況になっているのか分からなかった。
魔族が張った結界(仮)に穴を空けたことがバレて私たちの入ってきた箇所がより強固な魔法で覆われているかもしれない。
待ち伏せをされていて屋敷を出た瞬間に攻撃される、ということも考えられる。
まぁ、だからこそ私が先頭を走っているわけなんだけどね。
ドルフの後ろにレクシス様が乗っているのは心配だけど、他の人たちと一緒に走ってついて来てもらうというのもそれはそれで不安だから仕方ない。
そうこうしている間に屋敷の裏口が見えてきた。
穴は空いたままで出入口の近くには魔族の反応はない。
「くっ、何だこれは!?」
聞こえてきたのは魔族の焦ったような声と赤ちゃんの声だった。
「だぁ」だったり「ぶー」、キャッキャッという笑い声などが複数ある。
それ以外の音だと「ひっ」という怯えたような声、「うっ」という気分の悪そうな呻きなどが聞こえた。
それからびちゃびちゃという音が聞こえる。さらさらとした水音ではなく、ネチャネチャというような粘度の高い液体のような気がする。
あとは何かが焼かれているような、溶かされているようなジュッという音。
予想していた剣がぶつかるような金属音や魔法による爆発音などは聞こえない。
え、外で何が起こってるの?
ドルフからも止まれと指示が出る。
何やらやり取りをしたようでドルフがレクシス様を私の上から降ろした。
外がどういう状況か分からないからひとまず私たちだけが外に出るということなのだろう。
未だ赤子の声が聞こえる中、私たちは屋敷の外へと出た。
幸いなことに裏口付近には誰も居なかった。
探知魔法の反応によると屋敷の正面の方に多くの人が集まっている。
その1つ、魔族の反応の近くに膨大な魔力の反応がある。私や魔族よりも魔力の反応が強い。体内に魔力の塊を持っているわけではない。
ドルフがジェフリーさんたちに合図を出し、彼らは屋敷の中から出てきた。
そのまま屋敷から離れていく彼らの背中を見送る。
私たちは音を立てないように表へと回った。
見えてきたのは地面の上に広がる真っ黒な沼のような水溜まり。そしてその中でもがいている魔族の姿だった。
黒い水溜まりからは黒い腕のようなものが生えていて口も複数個ある。その口からは赤ちゃんの声が発されていた。
黒い腕が暴れている魔族の腕を掴み体に巻き付く。黒い液体に触れた箇所からは白い煙が上がり音を立てて溶けている。魔族の羽はボロボロで、溶けているのは羽だけではなかった。再生能力があるのか、再生する様子もあるが、溶ける速度の方が早い。
「魔石は溶かすなよ」
黒い水溜まりの近くには白い狼に乗った冒険者らしい恰好の男性が居た。20代後半くらいの若くて肩に触れるくらいの長さの金髪に緑色の目をしたイケメンだった。体格はがっしりしているとまでは言えないものの程よい筋肉がついていそうだ。
膨大な魔力の反応は彼からしている。ただ、彼自身の持っている魔力はジェフリーさんより少ないくらいだ。たぶん、膨大な魔力を秘めた魔石をいくつか持っているんだろう。
周辺にいる人々は黒い水溜まりと魔族を絶句して見つめていた。
やがて魔族は黒い水溜まりに沈んで姿が見えなくなった。
少しして黒い水溜まりの中から手の平サイズの真っ赤な何かが放り出される。透明度が高く赤い宝石のようだ。
男性はそれをキャッチすると少しの間眺めて懐へとしまった。
直後、黒い水溜まりの下に魔法陣が現れるとその魔法陣に沈むようにそれは消えた。
その後には何も残っていなかった。
そして男性は狼から降りて私たちの方を振り返ると1度柏手を打った。
「魔族は無事に退治しましたのでご安心ください」
まるで何事もなかったかのように明るい声音で彼は言った。
屋敷から出た後、魔族と一波乱あるんじゃないかと思っていたからそれが無くなったのは嬉しい。
それとは別に男性の存在も気になる。
「先ほどは居なかった方もいるのでもう1度名乗らせていただきます。冒険者を生業にしているエリックと申します」
そう名乗った男性、エリックさんは懐から銀色のカードを取り出し私たちに見せる。
冒険者カードって初めて見た。銀色だし魔族を退治したことも考えて高ランクの冒険者なのだろう。
「自己紹介ついでに宣伝もさせてもらいます。冒険者もそうでない方も討伐依頼があったら指名依頼してもらえたら条件によっては受けます」
冒険者カードを懐にしまい、冒険者カードと同じ大きさの別のカードを取り出した。結構な枚数がある。
エリックさんがパチンと指を鳴らすとそのカードは小さな鳥に変化して周辺の人々の元へと飛んで来た。私たちの近くにも飛んでくると再びカードの形に姿を変えた。
ひらひらと落ちてくるカードをドルフの手が掴んだ。
近くにいる人のカードを覗き見る。
カードには名刺よろしく、エリックさんの名前と冒険者ランク、得意な依頼の種類が書かれていた。さらにはデフォルメされたエリックさんの姿も描かれている。
ちょっと待って。冒険者ランクのところにはシルバーじゃなくてプラチナって書かれてる。プラチナってシルバーよりも珍しいんじゃなかったっけ。
「そのカードの裏に依頼内容なんかを書いて飛ばしてもらったら俺の元に届くようになっています。使ってもらってもいいし、何なら欲しがった人に渡しても売ってもいい。そのカードをどうするかには関与しません」
しかも伝書鳩のような機能までついているという。
「それから指先に魔力を込めて触れることで文字をかけるようになっているからペンも不要です。もちろん、ペンで書いてもらっても大丈夫です」
あら便利。
「そして文字を書けなくても問題ありません。冒険者ギルドでも使用されている依頼種別を示すマークに印を付けるだけで最低限のことは分かりますから」
色々と考えられているカードだなと感じた。
「【悪夢の召喚者】エリック殿ですか?」
「俺としてはその通り名はどうにかして欲しいのですが、知っているなら話は早い。上質な魔石が手に入るような依頼なら大歓迎です。その魔石を譲ってもらえるのであれば、魔石次第で依頼料は不要です。何か聞きたいことはありますか?」
不穏な通り名ではあるけど先ほどの光景を見た後なら納得できる。
さっきの黒い水溜まりについての質問は出ないかと思ったんだけど誰も何も言わない。『召喚者』ってことだから召喚獣のようなものなのだろうか。
「3、4日はこの町で過ごす予定なので、次に俺を見かけた時にでも聞いてくれても構いません。冒険者協会を通してもらえれば連絡もつきます」
周囲を眺めたものの質問がなく、肩を竦めたエリックさんが連絡手段について話す。
「では、俺はこれで失礼します」
そう言ってエリックさんは狼に乗って去って行った。
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