第02章 護送任務
第006話 湖の畔にて
いつものようにドルフを背中に乗せて草原を駆ける。
人間だった時は遅刻しそうな時や駅の外から電車がやってきたのを見た時くらいしか走らなくなっていた。インドアだった私は運動なんかしないので当然ながら体力は落ちていた。
しかしディナルトスになってからは走り回ることが楽しくなった。本能なのか何なのか、以前とは感じ方が変わってしまっていることには少し恐怖を感じる。
人のことを美味しそうとか思うようになったら嫌だな。
ディナルトスになって何年経ったのかは分からない。それでも体感ではかなり月日が経っている。だから突然変化するということはないはず、ないと思いたい。
そんなことを考えながら走っていると湖に到着した。
「よし、休憩だ」
湖の近くで止まるとドルフは私から降りた。
湖の水はとても澄んでいて泳いでいる魚が視認できるくらいだ。
私は湖に顔を近づけて水を飲む。冷たくてとても美味しい水は体の隅々まで染み渡るようだ。
生水はそのまま飲んじゃいけないんだけど人間じゃなくなって胃も強くなったんだろう。川や湖の水を飲んでもお腹が痛くなったことはない。
水を飲み終わってドルフの方を見ると彼は水筒の水を飲んでいた。
私の視線に気が付いたドルフは私の首を撫でてくれる。
嬉しくて尻尾が揺れ、私はクルクルと喉を鳴らしてドルフの体に頭を摺り寄せた。
そのまま少しの間ドルフに撫でられてから私は湖に向き直り湖に入った。
驚いたことにディナルトスは泳ぎもそこそこ得意なようだった。犬かきみたいな泳ぎ方になるけど体が水に浮くのでそこまで体力は使わない。
不思議だわー。
ドルフの方を見るといつの間にか
美味しそうと思いながら湖で泳いだ後はドルフの近くで屈んで日光浴をする。これがまた気持ちいい。
火の通った焼き魚の串を手に取ってドルフが食べ始める。
じっと見ていたら私も1匹もらえた。ドルフが串を持って待ってくれていたのでそのまま齧りつく。ホクホクしていてとても美味しかった。
醤油が恋しくなるけど塩でも十分だ。
もらえた魚を食べ終わってからはドルフの食事が終わるまで彼の近くで横になって待っていた。
「寛いでいるところ申し訳ないが、話を聞いてくれないか? 大切な話だ」
食事を終えて私の体を撫でていた彼が突然そんなことを言った。
その声音はとても真剣で何の話だろうとドキドキしながら頭を上げて彼を見た。
「近いうちに護送任務を行うことになった。俺もラナもそのメンバーに選ばれている」
緊張しながら聞いていればお仕事の話だった。
というか初のお仕事なのでは。
今まではお城でのんびりしたり今日のように町の外へ出たとしてもその日のうちに戻ってくるお出かけばかりだった。
ついにお仕事か。
護送ということは誰かをどこかへ届けるのかな。
ドルフが懐から紙を取り出しそれを広げて地面に置く。
覗き込んでみると地図のようだった。
「俺たちの住むラテルがここだ。そして目的地がこの町、ルセルリオだ」
ドルフは地図を人差し指でなぞりながら説明してくれている。
えっと、私ディナルトスだよ? 何で当然のように説明してるのかな?
それに地図を見せてくれるのはありがたいけど、方向音痴だから役に立てないと思うなぁ。
スマホがあれば自分の位置とか調べられるからね。むしろスマホとかパソコンが無かった時代ってどうやって企業まで面接行ったの? って不思議だったくらい地図が読めない。
「馬車に護衛対象を乗せて出発するのだが、何かトラブルが起きないとも限らない」
うん、まぁ何か起こった時のための対策は重要だね。
「動物や魔物に襲われるかもしれないし、盗賊に襲撃されることも考えられる。もしそんなトラブルが起こった場合、俺たちよりも護衛対象を最優先で守って欲しい」
そのまま大人しく話を聞いていると真面目な表情で彼は言った。
それほどに危険な護送なのだろうか。
私はドルフをじっと見つめた。
「そんな顔をするな。あくまでそういう可能性があるというだけで絶対に起こると決まっているわけじゃない」
彼は明るい調子で言ってから笑顔を浮かべた。
でももしドルフの言うようなそんな状況になったらどうしよう。
護送対象がどんな人かは分からない。もしその人とドルフが危機に陥っていてどちらかしか助けられないのであれば、私はドルフを助けたい。でもドルフは護送対象を優先しろと言っている。
……例えば護衛対象がドルフの恋人もしくは子どもだったとしたら? 騎士としての信念や誇り、種族としての誓いがあったとしたら?
護衛対象を守ることが彼自身よりも優先したいものを守ることになる。
私はドルフじゃないから彼が何を大切にしているのかは分からない。
でも、だからこそドルフが望むのであればその言葉に従った方がいい。彼の言葉を無視して彼を助けるというのは私の自己満足でしかないのだから。
そう自分に言い聞かせると分かったという意味でククッと鳴いた。
「ありがとう。その時はよろしく頼む」
了承したことが伝わったのかドルフは私の頭を撫でて微笑んだ。
ところでその護送対象って王族貴族、聖女や大商人とかじゃないよね?
さすがに初仕事でそんな重要任務な訳がないか。
なんて思いながらも先日の襲撃事件で立てた手柄を考えると否定し切れないことが怖い。
というか私がお偉いさんの立場なら保険にと同行させそうだ。
どんな事情があるか分からない。そもそもこの世界のことも全然知らない。
そんな私があれこれと予想したところで検討違いなことを考えているかもしれない。
ドルフを背中に乗せて町へと戻りながら私はそんなことを考えた。
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