番外編 ラテル襲撃事件当日のジナルド

 あの日、ラテルは襲撃を受けた。

 俺は非番で彼女とのデートを楽しんでいる最中だった。


 突如響く轟音。音のした方を見れば町の出入り口である門が崩れ落ちるところだった。

 壊れた門から見えたのは巨大な1つ目の魔物、サイクロプスだった。人とは比べ物にならないくらいに巨大で小さな家くらいなら簡単に踏みつぶしてしまうだろう。サイクロプスは大きな棍棒を持っており、恐らくはそれで門を壊したと考えられる。


 人々は悲鳴を上げて逃げ惑った。

 門から俺たちのところまではまだ距離がある。

 逃げるのであれば余裕はある。


 何が起こっているかはまだ不明だが、壊れた門からは様々な魔物が雪崩れ込んできていた。

 このままではまずい。


「私なら大丈夫です。行ってください」


 隣から恋人の声が聞こえた。その声はとても落ち着いている。


「……悪い。ありがとう」


 俺は彼女にそう言うと門へと向かって駆けだした。懐から取り出した笛を吹くと甲高い音が辺りに響いた。

 門まであと少しという時に彼女はやって来てくれた。


「頼むリナ!」


 鳴き声と共に空から下りてきて並走するのは俺を足で掴むことが容易なほどに巨大な鳥、オルレットという名の魔物だ。俺が彼女の背に跳び乗るとそのままの速度で彼女は門へと向かった。




「どうにかあのデカブツの頭を狙えるようにしろ」

「えぇ……そりゃ無茶なオーダーっすよガロイドさん。兎に体当たりされたところでガロイドさんは転ばないでしょう?」

「レッドラビットなら吹き飛ぶ」

「確かに。だったら頑張らないとですねぇ」


 門の付近までやって来ると2人の男がサイクロプスに向き直りながら会話をしていた。

 体格が良く服の上からでも分かるほどに筋肉質な男は長さと太さのある大剣を構えていた。その隣には平均的な体格でローブを着て杖を構えた男が立っている。


 その2人は周囲の魔物を剣や魔法で倒しながら人々に指示を出して逃げる時間を稼いでくれていた。余裕のあるその振る舞いは歴戦の冒険者たる風格がある。


「いつものあれはどうなんだ?」

「射程外です。空でも飛ばなきゃ無理ですね」

「なるほど空か。……良さそうなのがいるぞ?」


 そう言って俺の方をちらりと見上げたのは大剣使いだった。


「ですねぇ。運がいいんだか悪いんだか。これじゃ理由を付けて逃げられないじゃないっすか」


 俺は2人の会話が聞こえていない振りをして高度を落として近づいた。


「俺はジナルド。この町の領主に使える騎士です。あのサイクロプスを倒すための案があるなら、ぜひ協力させてください」


 懐から取り出した市民カードには俺の顔写真や騎士であることも記載されている。偽装できないこともないがこれで一旦は信用してもらえるはずだ。


 悔しいことに俺にサイクロプスを倒す策は無い。

 できることは挑発して町の外に誘い出すか、纏わりついて意識を逸らすくらいだろう。

 だからこそ策があるというのであればと協力を申し出ることにした。


「ガロイドだ」

「リジールです」


 ガロイドはその大剣で魔物を切り裂き、リジールはツララのように先の尖った氷を飛ばして魔物を貫きながら答えた。


「僕を乗せてサイクロプスの頭上まで連れて行ってください。ドデカイ一撃を落とすんで」


 リジールの言葉に彼の手を引いてリナの上に乗せてから空へと飛びあがる。


「残ってる魔力を全部突っ込むんでぶっ倒れたらあとはお願いします」


 そう言った彼は魔法を放つための準備に入った。

 俺はリナに乗ったままサイクロプスの上空を旋回するよう指示を出した。


 リジールが巨大な氷塊をサイクロプスの頭上から落とす。サイクロプスの頭より10倍はある氷の塊でさすがのサイクロプスも膝をついた。

 脳震盪を起こしたのかそのまま動けないでいる。


 その隙を見逃すガロイドではなかった。

 身体強化を行っているのか1度の跳躍で家の屋根へと上がり屋根を蹴ってサイクロプスへと向かっていく。その巨大な剣の先を下にし自身の体重を加算し、サイクロプスの頭上へと落下した。剣はサイクロプスの頭を貫いた。


 サイクロプスの巨体が音を立てて崩れ落ちる。

 周囲の魔物はガロイドには敵わないと散り散りに逃げて行った。


 魔力を使い切って動けなくなっているリジールを落ちないように支えながら地上へと下りる。


「あぁ、ありがとう。どこか安全な場所はあるか?」

「冒険者ギルドか城が安全です」


 ガロイドはリジールを担いだ。


「俺たちは一旦冒険者ギルドへ向かうことにする。あんたはどうする?」

「俺は町の人の避難を手伝います」

「リジールを安全なところに移動させたら俺も魔物討伐に参加する。その時にまた」


 こうして俺たちは別れた。


「もっと丁寧に扱ってくださいよー」

「黙ってろ。舌噛むぞ」


 そんな会話を背にして俺はリナに乗って空へと舞い上がった。


 上空から魔物の動きを観察し手の空いていそうな冒険者や同僚に声をかけて魔物への対応を行う。

 気になったのは魔物だけでなく黒いローブを羽織った者がいて、彼らが指示を出している魔物がいたことだ。その情報を追加で伝達しつつ町を回っていると小さな女の子の泣き声が聞こえた。


「ママぁ……」


 声のした方へ行けばそんな彼女の泣き声を聞き付けたのか、狼の魔物が女の子へ向かって行っているところだった。


「リナ!」


 リナに指示を出すも狼が彼女に到達する方が早そうだ。


「逃げろ!」


 女の子に向かって叫ぶも狼を前に恐怖で固まってしまっている。


 狼が彼女に飛び掛かろうとした瞬間、横道から現れたディナルトスが狼へと体当たりして狼を突き飛ばした。


 グルだ。グルは女の子と狼の間に立ちはだかり狼に威嚇する。

 狼の後ろにある通路から姿を見せたもう1匹のディナルトス、ガルが無防備になっている狼の背後から襲い掛かり狼を仕留めた。


 なぜガルとグルがここに?


 まさか城でも何か起こったのだろうか。

 それも気になるところではあるが、2匹が人助けに動いてくれていることは幸いだった。


「いい子だ。今の調子で人を助けてくれ」


 女の子をリナの上に乗せてからガルとグルを撫でる。


 彼らと共に魔物を減らし逃げ遅れた人の対応を行う。

 遠くから恐らくラナのものと思われるディナルトスの鳴き声が聞こえた。途端にガルとグルは俺の指示も無視して声のした方へと向かってしまった。


 空から様子を窺った時にラナたちを見つけた。ラナの上にはドルフが乗っておりガル、グルと共に魔物を倒して人々を助けて避難誘導をしている。

 上手く行っているようなので彼らに任せることにして俺は俺の出来ることを行うことにした。

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