第047話 終わりは穏やかで
「……リオル? 彼女は何と言っているんだ?」
不安なことに、ロレットラリッサの言葉をリオルさんが翻訳をしない。
彼は戸惑っているようには見えた。でもその戸惑いが伝えていいのか困っているのか、思わぬチャンスに動揺しながらもそのチャンスをどう掴み取ろうか考えを巡らせているのか分からない。
リオルさんが野心家だとは思わない。でも、叶えたい願いならあって当然だ。
ロレットラリッサならそれを叶えられるかもしれない。
さらに言うなら、リオルさん以外にロレットラリッサと会話をできる人が居ないというのもまずい。彼が翻訳しなければ秘密の会話ができてしまう。
リオルさんは願いをただ伝えるだけでいい。
彼女に悪気はないんだろう。でも、自分の持っている力をもっと自覚してもらいたい。
「……先ほどと似た、ありがたいものの扱いに困る内容を提案されました。翻訳することも
迷った様子を見せた後、内容をぼかしながら彼は答えた。内容も嘘じゃない。
先ほど見せた困惑は、私がリオルさんに対して思ったことを彼自身も他の人に対して思ったからなのかもしれない。
「分かった。では断ってくれ」
ドルフは即答した。
マルコスも止めたりはせず、それが妥当だろうと納得しているように見える。
氷の中にいるエリックさんも特に反応はしていない。普通に考えるとエリックさんには聞こえないはずだけどね。エリックさんには細い魔糸がいくつか繋がっているから何かしらの方法でこっちの状況を把握しているかもしれない。
『ご提案いただいたことはありがたいのですが、先ほども申し上げたように大きな力が動けば予想もできない事態が起きてしまう恐れがあります。最初に申し上げた通り、眠らせた人たちに見せている夢を一般的な夢であったかのように変更し、彼らの眠りを解いてください。それだけで十分です』
そう伝えたリオルさんは、何かが吹っ切れたようだった。
態度もどこか誇らしいような、堂々としているように見える。
『そうか。分かった』
ようやく分かってくれたのか、困るような提案はされなかった。
太い魔糸を流れる魔力が逆流する。
『魔力の供給を止めた。残っている魔力も回収している。多少の個人差はあれども、早ければ1時間、遅くても3時間ほどで目を覚ますだろう』
『受け入れてくださり、ありがとうございます』
戻って確認するまでは分からないけど、1番の問題はほぼ解決したと言ってもいいんじゃないかな。
魔力の回収は5分ほどかかるらしい。
手持ち無沙汰な時間ができてしまった。誰も何も言わないし、動くことすらあまりしていない。
この機会にロレットラリッサへ何か質問することもできるだろうけど、下手な刺激を与えて何か起こされたらと考えると何も言えないよね。
そんな中、マルコスは私の背中で欠伸をした挙句、ストレッチするように体を伸ばしている。さっきまでの緊張感をどこへやったの。
結局、何もせず5分が経った。
『魔力の回収は終わった。私を封印するのであればすれば良い。抵抗はしない』
封印することについても話し合いになるかと思ったが、そこは話が早かった。
『分かりました。ではそうさせていただきます。その前に1つ伺いたいことがあるのですが、良いでしょうか?』
ロレットラリッサが了承した後、ドルフが尋ねたことは今回の計画が彼女1人で思い付いたことなのかということだった。
『誰かに言われたことではなく、私が考えて実行した。甘言には気を付けろ、とククルクには何度も言われたからな』
『ククルク殿は、本当に素晴らしい方だったのですね』
『大切な友人だ。次は間違えないよう、ゆっくりと考えることにする。まずはきちんと言葉を覚えねばならないな』
本当にそうしてもらいたい。
でも、言葉が分かるようになったらそれはそれで騙されそうだ。
ただそれは、私が心配しても仕方ないことだ。
それに私が心配しなくてもドルフたちが今回のことを報告してしっかりと対策を練ってくれるだろう。
今回のように役割を分担すればいい。1人が何もかもをする必要はないんだから。
ドルフがエリックさんに合図を出し、エリックさんが魔法陣に触れて魔力を流した。
魔力が流れていなかった箇所にも流れるようになっている。
魔法陣が光り輝き、漏れ出ていた魔力は消えた。人の姿を形どっていた水に流れる魔力も分散し、形を保っていられなくなったようでそのまま台座の中へと落ちていった。
辺りは静寂に包まれた。
その静寂を破ったのは、砕けたガラスが地面に落ちたような派手な音だった。
エリックさんを守っていた氷の壁が崩れ、そこから剣を持ったエリックさんが外へと出てきた。
「無事に作動したようですね。さて、帰りましょうか」
彼はそう言って微笑むと剣を鞘にしまった。そして触手に当たって地面に落ちてしまった蝶を回収する。
ドルフも返事をした。
背中が軽くなる。
マルコスが私から降りて、投げた籠手を拾いに行っていた。
特に何かが起こることもなく、マルコスは戻って来る。
こうして私たちは祠から外へと出た。
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