第080話 勝利はしても解決せず
天井や階段を這う黒い粘液が水の大蛇へ触れる。しかし、外側にあるらしい塩水に触れているようで黒い粘液はすぐに溶けた。
探知魔法では魔法が使われていたり警戒の必要がありそうなところは今のところない。
ただ問題はあって、出入口が黒い粘液で塞がれてしまっている。1階へ戻るには約5mほど黒い粘液の中を進まなければならない。すぐに抜けられたらいいけど、さすがに厳しいような気がする。
黒い粘液は出入口を塞ぎながらなおも流れて込んできている。
それ以外に気になることはあって、最初に話し合いをした時にセオロアが座っていた椅子に今彼が座っているらしい反応があるということだ。
何で今は人の形になっているんだろう。
そんなことを考えている間に水の大蛇が出入口に黒い粘液の壁までやって来た。水の大蛇の動きが止まる。
ミラさんが首を横に振った。危険だという判断なんだろう。
ローレンさんが天井を指差し、天井へ正拳突きのポーズを取る。
え、天井を壊すってこと?
ミラさんが頷いて水の大蛇から杖の先を出して天井へ向けた。
杖の先から氷の槍が飛び、天井へぶつかった。氷の槍は速度を落とさず天井に穴を開けながら飛んでいる。
空いた直径約2mほどの穴を水の大蛇が上って行った。その穴は1階まで通じ、黒い粘液がその穴の中へ入ってきている。
それでも水の大蛇が進む速度の方が速く、入ってきていた黒い粘液を突き抜けて私たちは1階へと戻ってきた。
地下への出入口とつい今空けた穴を黒い粘液が覆っている。黒い粘液は巨大な1つの塊でばらけたりはしていない。大きさは大型バス2台分くらいだ。
やはり彼は椅子に座って背を向けた状態でそこにいた。
彼は私たちに気が付いたようでゆっくりと振り返る。
「降参です。私にはもうどうすることもできない状況になりました。これ以上はあなた方を殺してしまうかもしれません。それは望んでいませんから」
そして、困ったように微笑むと両手を上げた。
セオロアの降参宣言の後、残っていた巨大な黒い粘液が縮んでいき少女の形になった。アントンさんが魔法で石の箱に彼女を閉じ込める。
「降参とはどういうことです?」
「そのままの意味です。煮るなり焼くなりお好きにどうぞ」
アルさんの質問に話し合いの時と変わらない調子で彼は答えた。
「逃げようとは思わなかったんですか?」
「思いませんでしたね。そういう決まりを作っていましたから」
どういうことかとアルさんが尋ねる。
セオロアは、もし今回のように自分のやっていることに対しておかしいと言う人が多く現れ、自分を排除しようとした場合にどう動くか決めていたそうだ。もし理由を聞くことができて、かつある程度理解できた上で負けたのであれば逃げることはしないと決めていたそうだ。
「なぜそんな決まりを?」
「指標の1つです。私は間違っていると思っていなくても間違っているかもしれません。もし私が排除されるような状況になったのであれば、きっと間違っていたのでしょう。その場合、それ以上の間違いを重ねないためです」
彼も悪いことをしているつもりはなかったようだけど、シーナちゃんの話や彼女をどうするかという話を聞く限りは酷い内容なんだよね。
彼女たちのことを命がある生き物として扱っていない感じとか。
「シーナを助けてくれませんか?」
「それはできません」
即答だった。
「なぜ?」
「私を刺したからです」
詳しく話を聞くと、シーナちゃんやシークくんを含めて新しく作られた子たちも人間を傷つけないように教えていたらしい。
そして、シーナちゃんはセオロアの正体を知らないはずなのだという。
これが前提で、セオロアが人間ではない可能性はあるものの、人間であることも考えられた状況で彼を刺したことが問題なのだという。
「シーナは人間に危害を加えることができる。だからこそ私は彼女を生存させることは危険だと判断しました」
けれどローレンさんたちに守られているシーナちゃんを彼にはどうすることもできない。だから消極的な手段を取ることにしたのだと言う。
その消極的な手段というのがシーナの治療をしないことだった。
「私がシーナの魔石を直さなければ、彼女は生きられませんから」
結局はそこへ行きついてしまう。
言葉が出ないのかアルさんは黙ってしまい、他の人も難しそうな顔をしている。
「もし良ければなんですが、2時間ほど僕に任せてくれませんか?」
しばしばの沈黙が流れた後、アントンさんが口を開いた。
「案があるんですか?」
「3つほど。ただ、誰かに手伝ってもらえるようなものではなく、方法も知られたくありません」
つまり、何も聞かず何も見ず2時間の間セオロアと2人にさせて欲しいということらしい。
1つ目はダメ元かつ失敗したとしてもリスクはほぼない方法。
2つ目は6割5分の確率で成功。最悪の場合は情報を聞き出せなくなるかもしれない事態になる恐れが2割くらい。
3つ目は8割で成功。2つ目と同様のリスクがあり、その割合は6割。ただし、少しやってみて厳しそうなら途中で止めることで3割くらいまで抑えることができるそうだ。
何するつもりなのアントンさん。
「……拷問でもするつもりですか?」
「まさか。そんなことはしませんよ。僕を何だと思っているんですか」
アントンさんは心外だと言わんばかりに少し驚いてから否定した。
その後、危険だとか何をするのかもう少し具体的に教えて欲しいなどの問答があった。
けれどアントンさんは何も答えず、かと言って他に方法も出てこなかったため彼に任せることとなった。
じゃあこれから何をするのかというと、アントンさんが魔法で密閉された石の部屋を作り、そこへアントンさんとセオロアが入るというものだった。
危険な目に遭っていてもすぐに知らせられるように石の壁に少し仕掛けをしていくつか合図を出せるようにするという。
今、どの案を試しているかもそれで分かるそうだ。
私たちは何か起こった時に備えて石の部屋の周辺で待機することになった。
探知魔法は発動したままだから中が不穏な感じになったら騒ごう。
そして、アントンさんは魔法を発動した。
彼とセオロアを中心に四方から石の壁がせり上がり彼らを覆う。
最後に石壁の上部が伸びて天井となり蓋がされると石壁の中の様子は何も分からなくなった。
探知魔法でも。
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