第010話 険しい道
「この先は険しい道になる。注意して進もう」
翌日、前を進んでいたレスターさんが振り返り言った。
最初の方はうちの騎士がリーダーとして指示を出していたんだけど、この辺りに関してはルセルリオの騎士であるレスターさんの方が詳しいようで交代した。
話を聞くにこの先は崖沿いの道を通る必要があるとのことだ。
崖下10メートルくらいに川が見えていて流れは緩やかそうだった。川を挟んで広大な森が広がっている。
左側は崖で下は川、右側には私たちより高い壁のような崖がそびえたっている。
馬車がすれ違う余裕があるくらいの幅はあるからそれなりに広いとは思うけど通らなくて済むなら通りたくない。
「ここを抜けたら目的地まであと少しだ」
野営の時に聞こえた話だとこの道を抜けたら1日と半日ほどでルセルリオへと到着するらしい。
ルセルリオはどんな町なのだろうかとか、到着したらしばらくは休めるんじゃないだろうかと期待が膨らむ。
何も起こらずに無事に通り抜けられたらいいなぁ。
私たちは崖に挟まれた道を進んだ。
2時間は歩いた。
さすがに平地と同じようなスピードでは進めないのでゆっくりだった。
あとどれくらいでここを抜けられるんだろう。
そんなことを考えていた時に上の方から何か音が聞こえてきた。
何だろうと思って見上げたら大きな岩が落ちてきていた。
その岩が馬車に激突して馬車を弾き飛ばす。
運転していた騎士が馬から放り出されて地面へ落下する。
そして馬車は崖の下へと落ちていった。
それらの光景が全てスローに見えた。
それでもいきなりのことで思考が停止してしまった私は何もすることが出来なかった。
「他にも落石があるかもしれない! 各自、警戒を怠るな! おい待て!」
レスターさんのそんな声が聞こえたのでまた何か起こったのだろうかと声の方を見る。
ジェフリーさんが単身で崖から飛び下りているところだった。
視界から消えるジェフリーさんを追って崖から下を見るとジェフリーさんは水に着水して馬車に近付いていた。
馬車は右側の扉を上にして流されながら沈んでいる。しかし木製だからか思ったよりは沈んでいなかった。
ジェフリーさんは暴れる馬の手綱をナイフで切ってから馬車の扉を開けようとしている。けれど岩がぶつかったことでどこか歪んでしまったのか扉を開けることが出来ないでいた。
「レクシス様! できるだけ中央に寄ってください!」
大きな声で言ってからジェフリーさんはナイフを扉の上に差し込んで一気に下まで引いた。まるで抵抗なくナイフは進んで、再び取っ手を掴むと今度は扉が開いた。ジェフリーさんは馬車の中からレクシス様を助け出した。
レクシス様は生きていた。見たところ大きな怪我もしていなそうだ。
本当に良かった。
それからジェフリーさんは扉の取り付け部分にもナイフを入れて扉を取り外して板にしてその上にレクシス様を乗せた。ジェフリーさんは水の中にいながら扉の端を掴んでいる。
ジェフリーさん、有能すぎでは。
たぶんだけど馬車が落下したのを見てすぐに馬から降りて、ノータイムで崖から飛び下りたよね。
それに馬車の扉が開かなくてもすぐに切り替えて扉を壊した。
かっこよすぎでしょう。
対して私は何もできなかった。
幸いにもレクシス様は無事だったけど、取り返しのつかないことになってしまうことも十分に考えられた。
落石が馬車に当たる前に結界を張ることができれば避けられていた事態だ。
気が緩んでいたわけじゃない。
でも突然のことで硬直してしまった。
これでは駄目だ。便利な魔法を覚えていても使えなきゃ意味がない。
私は見つかった課題を心に刻んだ。
「ラナ、行けるか?」
後ろから声が聞こえる。
ドルフは鎧を着ているわけで、鎧は重いので沈む。
そんなドルフを乗せて川へ飛び込むなんて自殺行為だ。
でも私なら結界で足場を作れるから沈まない。
だけどもし、私がドルフを振り落としたりでもしたらドルフは浮上できなくて溺れてしまうことになる。
わざとでなくても例えば何かに驚いたりして私が暴れることもあるかもしれない。
その危険性を彼が考えていないわけがない。
彼は私を信頼し問いかけてくれているのだ。
「ククッ」
私は肯定を返した。
後悔している暇などない。
できることをするだけだ。
まずはドルフの信頼に応えよう。
私はドルフを乗せたまま崖から飛び下りた。
「バカやろうっ!」
レスターさんの焦ったような声が聞こえる。
何とも言えない落下の感覚、どんどん近づいてくる水面。
ひぃー! 怖い怖い怖いっ!
かっこつけたけどめちゃくちゃ怖い!
怖くないわけないじゃないかバカやろー!
内心で大慌てしていると体に衝撃。
ドボンという音が聞こえた。
空気の泡で何も見えない。
思っているよりも深い川だったようで私の体はすっぽりと川の中に沈んだ。
泡がなくなり視界が開ける。思っているよりも澄んだ水で視界は良好だ。
このままでも浮上できるか少し検討する。いや、これはかなり頑張らないと無理そうだな。
下手に体力を使うよりもと自力での浮上は止めて結界を足場に水面を目指す。
5秒もかからず水面から顔を出すことができた。
「……し、行きます!」
「待て。大丈夫そうだ」
マルコスとレスターさんの声が聞こえたので崖の上を見ると鎧を脱いで軽装になったマルコスの姿が見えた。
たぶん私たちが沈んだままだったり私だけが上がって来た時にドルフの鎧を外す手伝いをするために準備してくれたのだろう。
ドルフを背中に乗せたまま姿を見せた私を見たマルコスが安心したように小さく息をついた。
私はレクシス様とジェフリーさんを見つけると足元に結界を作りながら彼らに近づいた。
馬車を引いていた馬もぷかぷか浮きながら私たちについてきている。パッと見た感じだと怪我は無さそうだ。
2人と1頭と合流できたけど隊列にはどうやって戻るんだろう。
「ここから少し下ったところに河原があるのでそこから陸地へ上がりましょう」
「その方が良いですね」
ジェフリーさんとドルフが話している。
結界を足場にすれば崖の上まで戻れるけどドルフからの指示はない。
「レスター殿、我々はこのままサザランを目指します。そこで合流しましょう」
「分かりました。ではまた後ほど」
反論はなかった。
話は付いたようで私たちは1度別れることになった。
「ドルフさん! この点火棒、何かに使えるかもしれないので持って行ってください!」
マルコスが崖を覗き込みながら大きな声を出すと銀色の棒をドルフに向かって放った。
「感謝する」
ドルフが点火棒をキャッチして荷物の中に入れる。
それから私たちは川を下った。
少ししてから無事に河原へと到着した。
全員ずぶ濡れだ。
温暖な気候で良かった。
「これで確定しましたね。裏切者がいます」
ジェフリーさんは上着を脱いで絞りながら爆弾発言をした。
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