第070話 タタさんとの対話

「人見知りな子なので勘弁してあげてください」

「ここから近づきません。そこで少しの間フードを取ってくれればいいんですよ」

「見せたくない事情があるんです。とてもデリケートなことなので説明したくもありません」


 アントンさんに断られ続けたタタさんは困ったように頬を掻いて苦笑いした。


「なぜその子を探しているんですか? それもこんなところで」

「ちょっと前まで交流していたんですが、姿を見せなくなったので心配で探しているんです。ここで探しているのは、彼女がヒューロ山で生活していたのでこっちへ来ているかもしれないと思ったからです」


 タタさんの返答を聞き、アントンさんは思案するように左手を顎に沿えて視線を落とした。


「相談したいので少し待っていてください」


 タタさんは了承し、私たちから離れていった。

 アントンさんはローレンさんたちの方へ近づくと音消しを使用した。


 彼はまずシーナちゃんに彼女の言ったタタさんかと尋ね、彼女は肯定した。


「タタさんはシーナちゃんが心配で探しているようですがどうしますか?」


 続くアントンさんの問いに彼女は黙り込んだ。


「どうしたいか言ってくれれば、それに対して僕たちも考えます。まずは正直に思っていることを聞かせてください」


 少しして彼が優しく声をかければシーナちゃんは頷いて口を開いた。


「タタさんと話したい」

「理由を聞いてもいいですか?」

「姿を保てなくなった時、タタさんも驚いてたけど私が逃げる時に助けてくれたの。何も言わずに逃げちゃったけどちゃんと話したいと思ったから」


 逃げる時に助けてくれたとはどういうことかとアントンさんが詳細を尋ねる。

 シーナちゃんが人間ではないとバレた時、タタさんからは驚愕、ミラさんとコールくんからは恐怖、アルさんからは憎悪を感じる視線を向けられたらしい。

 コールくん以外はすぐに落ち着いたらしいけど、どういう状態か見たいと言ってアルさんはシーナちゃんに近づいて来ようとしたらしい。立ち振る舞いは普段と変わらないものの、雰囲気が違っていたので怖くなって逃げようとしたら声を荒げて追いかけてこようとしたそうだ。

 そんなアルさんの腕をタタさんが掴んで引き留めたのだという。


 シーナちゃんの話だけを聞いたらタタさんは大丈夫そうだけど警戒するに越したことはない。

 いざとなったらすぐに結界を張れるように準備しておこう。


「こっちも色々聞けるかもしれない。誤魔化して怪しまれるよりも話した方がいいんじゃないか?」


 ローレンさんもシーナちゃんを支持し、アントンさんは頷いた。


「では彼との話し合いは2人に任せてもいいですか? どこまで話すかもお任せします。あまり僕ばかりが話すのも良くないでしょうから。必要そうなら勝手に喋りますし、視線を向けてくれたら話します」


 2人は了承した後、ローレンさんが先に降りてシーナちゃんを私の上から降ろした。

 このままアントンさんが話す方がいいんじゃないかとも思ったけど、シーナちゃんの気持ちを伝えるならその方がいいとも感じた。


 アントンさんが音消しを止め、ローレンさんとシーナちゃんが手を繋いでタタさんの方へと向かう。その後ろをアントンがついていき、手綱を引かれた私と馬が最後についていった。


 ある程度の距離は保ちつつ、遠すぎないくらいには近づき足を止めたローレンさんの隣にシーナちゃん、その横にアントンさんが並ぶ。


 その後、シーナちゃんは被っていたフードを脱いだ。

 ローレンさんと一緒にいるのがシーナちゃんだと分かったタタさんは安堵したように微笑んだ。


「良かった。うちのアルが怖がらせてごめんな。今、どういう状態? 魔力が足りない? 他に何か必要なものはある?」


 タタさんは優しい声音でシーナちゃんへ話しかける。近づいてきたりはせずその場に立ったままだ。

 シーナちゃんは迷うようにローレンさんを見て、彼が微笑み頷くのを見ると彼女の状態を説明した。

 魔石に問題があり魔力が漏れ続けている状態であること、そのような存在として誰かに作られたことが考えられること、研究施設から逃げ出したこと、その後にコールくんやタタさんたちと出会ったことなど一通りのことを話した。


 その間、タタさんは相槌を打ちながら静かに聞いていた。

 話を聞き終わっても彼は静かで落ち着いている。


「その研究施設はどこにあるか分かる? 職員の顔は? 潰すから」


 あ、これ冷静に見えて激怒してる?

 シーナちゃんも驚いて目を丸くしてるじゃないの!


「あー、タタさんは魔族についてどう考えているんですか?」

「注意するべき対象という認識はありますが、魔族だから悪だとは思っていません。人間でもクズはいます」


 ローレンさんが困ったように質問をするとタタさんは平然としたまま答えた。


「……私のこと、嫌いじゃないの? 怖くない?」


 シーナちゃんは不安そうに尋ねた。


「嫌いじゃないし怖くない。アルが怖がらせたから自重してるけど、本当は抱きしめたいと思ってる」


 タタさんはシーナちゃんを真っ直ぐ見て言った。


「……今、そっちに行ったら抱きしめてくれる?」


 シーナちゃんはその言葉を聞いて目に涙を浮かべ、声を震わせながら言った。


「当然」


 即答したタタさんにシーナちゃんはローレンさんの手を離して彼の元へ駆け出した。

 タタさんは屈んでシーナちゃんを受け止め、しっかりと抱きしめると涙を流す彼女の頭を撫でた。


「私、人間じゃないことがバレてタタさんたちの態度が変わることが怖かった。アルさんに怒鳴られて悲しかった。騙してたのかって言われるんじゃないかって罪悪感で苦しかった。仲良くならない方が良かったんじゃないかとも思ったの」


 シーナちゃんはこれまで抱え込んでいた感情を解放するように吐露していく。 


「気が付いてあげられなくてごめんな。1番不安な時に力になれなくてごめん。心細かったし怖かったよな。俺のこと、信用してくれてありがとう」


 タタさんは彼女を抱きしめながら吐き出される感情を受け止めた。

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