第026話 聞こえる足音
カイルがグルに乗って応援を呼びに行った。現場には私とドルフの2人だけとなった。
「お手柄だ」
穏やかな声音と優しい手つきで頭を撫でられる。
私は得意げにクルクルと鳴きながらドルフの手に頭を擦り付けた。
ドルフの手の肉球が心地よい。
「ラナは彼らがここに居ることが分かっていたのか?」
その問いに肯定も否定も返せなかった。眠った人がいるだろうと予想はついていたけど確信はなかったからだ。
「グルグル……ククッ」
なので、否定と肯定の両方を返した。
「……何かがあることは分かっていた?」
「ククッ」
かなり近くなったので肯定する。
「なるほど。まだ分からないが、頼んだ時には案内を頼めるか?」
私は了承した。
それはいいんだけど、糸玉に魔力を流している太い魔糸の存在はどうやって伝えよう。
そっちは簡単に案内していいのかも分からないんだよね。でもリステラ症候群を解決する糸口になるかもしれない。
「何かが近づいてくるような音が聞こえたら教えてくれないか?」
周囲を警戒するドルフに私は了承を返した。
耳で音を聞きながら探知魔法にも注意を向ける。
警戒はしながらも、今後どう行動すればいいのか私は考えることにした。
太陽の位置も変わりそろそろ1時間が経つという時、軽い足音が聞こえてきた。
西から順にラテル、休憩をした湖、私たちのいる場所と一直線に東側へ並んでいるとすれば、音は私たちよりさらに東から聞こえる。
音がする間隔的に
ディナルトスは
馬は脚が長いため音がする間隔はもっと開いているし、そもそも蹄を持った動物の足音とは違う。
私が知っている生き物だと狼がかなり近い気がする。でも狼だともう少し軽い足音だし、野生の狼なら基本的には群れで行動していたはずだ。
ともかく報告だ。
私は足音のする方向を見ながらグルグルと威嚇音を出した。
「何か来るのか」
肯定する。まだ距離はあるけどこのままのスピードなら10分もすればここへ到着するだろう。
ここはなだらかな窪地になっているため音の正体はまだ確かめられない。
5分が経った時、狼の遠吠えが聞こえた。
声のした方を見ると丘の上に真っ白な狼が居た。
その狼の内部に魔石の反応はない。でも魔力はいくらか持っているようだ。
「エリック殿」
その狼の上にはエリックさんが乗っていた。
彼は微笑むと片手を上げて軽く挨拶をする。
魔糸は繋がっていない。
「こんにちは。何かありましたか? そちらへ行っても?」
エリックさんは私たちとテントを見て、少しの沈黙の後そう尋ねてきた。
「待ってください。その前に聞きたいことがあります。エリック殿は今ラテルで起こっていることは知っていますか?」
リステラ症候群の人に近づくだけでも感染、でいいのかな? するかもしれないもんね。
エリックさんは知らないと答えた。ドルフが説明を始める。
「その症状なら知っています。ブロワ村で10日前から起こっています。毎日10名ずつ目覚めなくなったそうで、村の人族全員が眠ってしまってから今日で3日目です」
ドルフの説明が一区切りついた時にエリックさんが言った。
10日前? ラテルで起こるよりも7日も早い。
その村の住民が全員眠ってからラテルで起こり始めたことを考えれば、偶然とは思いにくい。
「魔族は分かりませんが、対象は恐らく人間です。ブロワ村には人族の住民が多いのですが、獣人の家族や耳長族、小人族も少数ですが住んでいました。彼らも含めて全員が眠ってしまいました」
人族……普通の人間のことかな?
獣人はともかく、耳長族と小人族というのは? 耳長族はエルフっぽい人のことかな。耳が尖ってたし。だったら小人族はドワーフっぽい人のことかもしれない。子どもサイズの小ささだったし。確証はないけどね。
で、それらの種族をひっくるめて人間っていうのか。
「エリック殿は無事な様子ですが、理由は分かりますか?」
「心当たりはありますが、確信はありません。また、対策として行えることでもないため黙秘とさせてください」
さらっと答えたエリックさんにドルフは驚いたように少し目を見開いていた。
「私から質問したことですが、心当たりがあると答えても良かったのですか?」
「この状況で下手に隠すのも怪しいですから」
そう言ってエリックさんは苦笑いした。
「さて、話を続けましょうか。俺はルセルリオからブロワ村まで人族の冒険者2人と共に護衛依頼を受け同じように行動していました。彼らは眠ってしまい俺は平気でした。なので飲食物や環境的なものが原因ではないと考えています」
エリックさんが平気なのはどうしてだろう。
体内に魔石を持っているわけでもないし、見た目も普通の人間だ。
探知魔法の仕組みだって全て分かっているわけじゃない。調べられること以外の要因が関わっているということは十分に考えられる。
「この現象にとって俺は人間ではないのかもしれません。もしかすると動物に見えているのかもしれないですね」
エリックさんは肩を竦めた。
その口振りからブロワ村にいる動物はリステラ症候群になっていないようだ。
「あとで変わるかもしれませんが、我々はリステラ症候群と呼んでいます」
「おとぎ話の眠り姫の名ですか。そのテントには患者が?」
「お察しの通りです」
「見ても構いませんか?」
ドルフは少し悩んだ様子を見せたものの、自分の見ているところであればと了承した。
エリックさんは白い狼に乗ったまま近づいてきた。
私たちの近くまでやってくると狼から降りて調べ始めた。
テントの前の冒険者や中の冒険者の右腕を調べて4本の線を確認する。
「俺の知っている現象と同じように見えます」
「エリック殿が把握していることについて詳しく教えていただけませんか?」
ドルフが尋ねるとエリックさんは右手を顎の下に添えて考える素振りを見せた。
商魂猛々しい感じだったから何か交換条件を考えているのかもしれない。
「分かりました。俺が知っていることは話します」
かと思ったけど、エリックさんは交換条件を出さなかった。
少しだけ申し訳ない気持ちになった。
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