第043話 祠の中へ

 石扉が開くとエリックさんが召喚した蝶がその隙間から勢いよく中へと入って行った。


 祠の中から何かが飛び出してくることもなくとても静かだ。エリックさんの蝶以外に生物の反応はない。

 隙間から見える祠の内部は窓がないこともあって何も見えない。それでも蝶が青く光っているため手前から奥へ広がるように見えるようになっていく。


 祠の奥には成人男性の腰くらいの大きさがあるさかずきのような形の台座があった。台座の中央はくぼんでいて水が張っている。そしてその台を取り囲むように魔法陣が描かれていた。

 ただ、その魔法陣の一部にはどこからか生えている植物のツタが這っている。

 そのツタが覆われている箇所から太い魔糸が伸びて祠の天井を突き抜けていた。


 恐らくではあるけど、封印に関係する魔法陣だと思われているものの一部が壊れてしまっているんだろう。探知魔法で魔力が漏れ出ているように見える。

 水はどう表現すれば良いのか分からないくらいに魔力を含んでいた。私の持つ魔力が直径30cmくらいの水溜まりだとすれば、日本の国土くらいあるんじゃないだろうか。

 その水から魔法陣へと魔力が流れて魔法陣を発動させているようだ。でも、ツタに侵食されている魔法陣には魔力が通っていない。


 私を含めたディナルトスや白い狼、マルコスは祠の外で待つことになった。

 入れないことはないけど、走り回るには狭いから仕方ない。それに扉は開いているから結界を張ることもできる。

 そう納得することにした。


 エリックさんが祠の中へと入る。

 続いてハウロさん、リオルさん、ドルフと続いた。


 警戒しながらエリックさんが魔法陣へと近付く。


「この魔法陣ならどうにか直せそうです。5分……いや、3分です。直せたら口頭で伝えるか、状況的に無理そうなら一部の蝶を赤く光らせてお伝えします」


 エリックさんは指示を仰ぐようにドルフへと視線を向けた。


 その直後、台座の水から太い魔糸以外の魔力反応が起こる。

 次の瞬間、水で出来た1本の触手が水から生えてエリックさんへと向かって行った。突き刺すように真っ直ぐに伸びる触手をエリックさんは右に跳んでかわす。

 触手は光る蝶に当たり、魔力が流れたかと思うとその蝶は地面に落ちて光らなくなった。そして、右の羽に4本の線が現れる。その蝶には細くて赤い魔糸が繋がっていた。


 触手とは別に、台座の中央が盛り上がると人のような形になっていく。見ようによってはロングドレスを着た女性のように見えなくもない。


『話を聞いてください!』


 再度エリックさんに狙いをつけていた触手の動きが止まる。

 リオルさんが発した言葉はこれまで彼が使っていた言葉ではなかった。根拠はないのに、リステラが発した言葉と同じ言語だと感じた。


『私はリオルと申します。あなたと話がしたくて来ました』


 微かに呼吸を乱しながらも落ち着いた声音で話しかけている。

 

 触手が止まっていたのは僅かな時間だった。再び動きだした水の触手がエリックさんへと向かって行く。

 その直線上に氷の壁が立ちはだかった。触手はその氷の壁にぶつかると魔力を流した後、床に落ちて小さな水溜まりとなった。


 氷の壁は魔力反応から考えてハウロさんが作ったんだろう。厚さは10cm以上あるように見える。触手が当たった所に傷がついているということはなかった。

 前の時にも思ったけど、水の触手に攻撃力自体はないんだろう。触れたらリステラ症候群にされるけどね。

 触手から流れた魔力は氷の壁に蓄積されており、触手に内包されていた魔力はほとんど無くなっていた。だからきっと形を保つこともできず、水になってしまったんだろう。

 でも、蝶に当たった時は水になっていない。ルナの時もだ。カイルの時は水になっていた。

 ……大きさが関係してる?


 人型の水塊から3本の水の触手が生える。そして近くにいるエリックへと再び向かって行った。


『ロレットラリッサ様! なぜ私たちを眠らせようとするのですか!』


 再び触手の動きが止まる。その間にエリックさんは魔法陣から離れた。



『あぁそうか。理由が分からないから拒んでいるのか』



 微かな魔力反応の後、人型の水塊から声が響く。

 その声は騎士寮に現れた水塊が発した声と同じ、若い女性のものだった。

 水の触手が彼女のところへと戻っていく。消えたわけではないけど、動きは止まった。


 何よりも、言葉が通じたことが驚きだった。

 話せるならどうにかなるかもしれない。

 ……どうしてリオルさんがリステラと話せるかは問題じゃない。気にはなるけどね。


『人間はもろい。剣や毒虫に刺される。病になる。餓えや渇き。他の生物に襲われる。呼吸ができない。老い。どれか1つでもその状態になったら死ぬ。死なないこともあるが、死ぬこともある。友人も皆、死んだ』


 リステラは淡々と語った。


 生き物が死ぬのは仕方のないことだ。どうしようもない。


 なんて、簡単に割り切れることじゃない。

 理解することと、納得することは違う。


 リステラは人の死に納得できなかったのかもしれない。


『人を死なせないために眠らせたのですか?』

『そうだ。それに、ただ眠らせているわけではない』


 そう言ってリステラが話した内容は、頭が痛くなるようなことだった。


 友人から教えられたため、望まれたとしても願いを叶えればいいというものではない、ということは知っていたそうだ。1人が望んでいることでも、もう1人は望んでいないこともある。何より、何でも望みが叶うと人は駄目になるということも理解していた。


 だからリステラは、その人物が1番望んでいる望みが叶った夢を見せているのだと答えた。


 いやほんと、何てことしてるの?

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